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2F/当番ノート

建築の話2

当番ノート 第21期

中島晴矢の展示「ペネローペの境界」を観た。
http://tavgallery.com/nakajima/
展示について、気になったことを書いてみる。
展示の始めに「walk this way」という静かな映像作品があった。それは緻密な構築性を持っている。冷たい薄雲の空の下、荒廃した大地の中で生い茂る緑の植物と、整然と積み重なる巨大な黒のフレコンバック。そこを、静かに歩く赤い衣服を纏った白い肌の女性。それぞれ強い色彩を備えている。特に、赤い衣を着た白い肌の女性が画面の中に入って着た途端、大地に放置されたフレコンバックと植物の色彩が補色としての対応関係が突如として浮かび上がってくる。映像フレームの中に生まれたそれらの色彩領域は、地平線が強く意識される風景のまま、その後もほとんど画面の中の位置を変えることなくフェードアウトする。ペネロペの境界とはこのようなことかと、まだ展示に入ってもいないが私はその時腑に落ちた。
映像の中の女性は、展示の会場順路とは反対の方向へ歩いていたが、彼女の歩みとその色彩が移ろう光景はこの展示のイントロダクションとしては十分であった。展示に入ると横にある世界の国旗が混ざった迷彩柄の如きテキスタイルの作品は、この映像の残像として眺めることができる。国旗が入り混じり、それぞれの記号性を失って色の集まりと化したこの作品は、世界全体の状況の不明瞭さではなく、むしろそれぞれの国旗が幾つかの共通する色を持っていたことに気づかせてくれる。微かな歴史的必然を匂わせながら、そのテキスタイルの作品は現代世界の不安定な統合性と全体性を感じさせる。
願わくば、その大きなテキスタイル作品と同じスケールで、フレコンバックの生地による大きな真黒のキャンバスを対面に据えてほしかった。都市に大きな開口を設けていたその展示会場においては、そんな日常極まりないノイズに満ちた風景と、国旗群が入り混じり境界が模糊となって抽象的色彩の群景を並べ見るにも、その間に作者の大きな物語を背負い込む緻密な異物が緩衝材として必要に感じた。

ペネロペのたった一人の人間によってなされるその作業は、その気になって織るのを辞め、全てを投げ出して逃走することも可能だったはずだ。神話に推察を行う余地もないのであるが、けれどもそれをしなかったのは、彼女がオデュッセイアが帰ってくるだろうの未来への微かな希望を、あるいは生きることへの意志を何処かに残し持っていたからではないか。
一人の人間によるその判断と行動に対して、多数の因子と構成員を抱えた社会集団のそれは大きく次元を異にしている。社会は一つになることはない、と私は強く感じている。日本のような政府の場当たり的な政策と、作者の作品のモチーフにもなっている原発事故への決定・解決の遅延から生まれたフレコンバックが無限増殖する異常なトランス状態の光景は、日本の多くの人々が知ってはいるが、その状況を止めることはまだ誰もできていない。そして誰も未来の行方は分からない。状況を留保していくこと、禁忌を禁忌のまま内に抱え込むこと、その不安定さに狼狽えながら、おそらく人々それぞれが自らの無力感を感じている。個々の無力感は無力感のままそれぞれ離散し、社会を動かす動きとして統合され難い。けれども一人の個人が自身の無力感を認め、社会の末期的状況を自らの内に抱え込もうとする限りにおいて、社会は私的ではあるが一つの全体性、つまり物語としての確からしい姿を描けるのではないか、そんな予感が私にはある。そして「描いてみるしかない」と思い込むことが、一人の個人が無力感を是認してしまいながらも生きるために必要なことなのではないか。
作家・中島晴矢と話していた中で彼から出た「死ぬ気でやっている」という言葉が、展示のどの作品よりも自分の心に突き刺さった。
同世代の、かつ友人のその言葉を聞けたことが自分にとっても一番励みになる、震え立つ劇薬の如きものであった。


今、わたしたちの「現在」はいつ立ち止まるかわからない位置にまで、あるいはもう立ち止まることができない場所まで来てしまっていると感じざるを得ない。各々が探し出してくる材料・方法・手法が何であれ、創作と呼ばれようとするわたしたちの行為がどこまでその「現在」の確かさに寄り添うことができるのかはわからない。わたしたちは日常の中でよそからの物語を見聞き、そしてひそかに自分でも物語を作りながら生きている。日々の時間の中で、それぞれの人間が物語に囲まれながら、物語を残し、時には物語を飲み込むその所作を繰り返しているのである。そこに型、定型とよばれるものは存在しないが、共通する部分はある。それは「現在」という共有する瞬間であり、その瞬間を知覚することが、わたしたちがそれぞれとおぼろげながら関係を保つ為には必要である。そこに翳りが見えたとき、わたしたちの物語は途切れ、転げ落ちてしまいかねない。
 私たちの物語はいつも「現在」についての物語である。私たちは「現在」を起点として過去へ記憶をめぐらせ、未来へ想像を膨らませる。今自分の持っていないものにどんな深い洞察を加えようとも、信じられるものは非常に狭い自分が今いる周りの世界についてである。もちろん、離れたものへの洞察は決して空虚なものになるとも限らず、日常の感触をその遠いものの中心へ投げこもうとするならば、その遠隔の対象との距離は実体を持って私たちの今の洞察のなかに浮んでくる。こうして物語は過去へも未来へも顔をむけることができる。
そして、「現在」を基準に他の時空あるいは場所へと思考を差し向けるならば、今のわたしたちはどうしてもどこかで「不安」にぶつかるだろう。自分がいる今の場所から離れるからだ。さらには、そもそもの「現在」が揺らぎつつあるからだ。私にとって、創作という行為がどのような創作であっても、それ自体が「現在」をどのように囲い込むか、自分自身にとって「現在」をいかにして確かなものにするかが重要である。「現在」とは、わたしたちそれぞれを取り巻く物語において、その深奥において互いに共有し得ている土台のようなものとしてあったはずだからだ。
一方で、創作は中心にその現在を生きる「私」を引き寄せることを望む。「私」の内の欲動という幻影が創作にとってもっともらしく感じられるからだ。けれどもわたしたちはそれに抗わなければならない。中心におくべきは「私」ではなく、「現在」の世界の中に在る「私の物語」であるからである。
このおぼろげな考えはもう少し続けたい。
・・・

2015年7月7日
佐藤研吾

佐藤 研吾

佐藤 研吾

1989年生まれ・architect・
Assistant Professor, SCHOOL OF ARCHITECTURE VADODARA DESIGN ACADEMY

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