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2F/当番ノート

free 参る 夜明け前②

当番ノート 第27期

只今6月4日(土)の21:00過ぎ、改め5日(日)3:45。
長かった4月〜5月の saredo -されど- 出店集中月間も終わり
(お越しいただきましたお客さま関係者の皆さま、ありがとうございました!)、
未だ展示中のイベントやお取扱店さまへのご対応、ネット通販のお客さまからの
ito のご注文など、ありがたいことに少し落ち着くかと思ったのですが
月明けて工場さんからの秋冬用素材の糸の発注も本格化し貧乏暇なしとはこの事で
この日は終日散らかった事務所の自分の机周りの整理で終了。

再来週の出張に向けた資料作り、週明けてすぐの別の資料作りと、
宿題は山積しながらもはてさてどこから手を付けようかと悩んでる横で
奥さんも終日出店後の整理から納品後の製品の補充で検品〜洗ったくつしたを
再度検品〜帯まき(包装)と、終わりの見えないマラソンを並走しながら、
どこで折り返しや給水をするかが掴めないまま接触。
転倒には至りませんでしたが走りながら今転けかけたのはそっちが悪い、
いや、そっちやろ、みたいな、我が家も週末雨模様。

そんな二人が一緒に仕事をするきっかけとなった事の一つが写真。
奥さんは元々、美術系の大学で版画専攻の中でも紙を漉いて
ペーパーワークという立体を作ることを専攻し、学卒後写真関係の仕事に就き、
まわりの写真好きな人たちにも影響されて24、25歳のときに本格的に写真を始めました。
実はこの連載のお誘いをいただいたカマウチヒデキさんが職場の先輩と言う事もあり
写真についていろいろ教えてもらったり、他の職場のかたにカメラをもらったり
良い環境に居たのかも知れません。
カメラを初めて持ったのは、大学の授業で使うためのフィルムカメラ Nikon FM2。
好きだった海外への旅へ連れて行ったり持ち帰った記憶を印画紙に焼き付けることは
この頃からしていたみたいです。

華氏と言う名前で人物や風景を撮った作品を関西の複数のギャラリーさんが一年に一度
協同で開催している公募展協同企画展 ONSA(おんさ)に出展しているうちに、
地元奈良のひなびた名もなき祠や神社で僕がモデルとなって、いや、厳密に言うと
僕と言う被写体に憑依した童子というか、子供みたいな妖怪みたいな、
人間ともどっちとも取れないようなもの、その場所にある磁場が発生させる
まぼろしのようなものを撮るように。

#009_華氏_oubo_「うつつ、うきあな」

きっかけは奥さんが以前電車通勤をしている時、田んぼの風景が広がっているところに、
一本の木があって祠が立っていて、それを毎日見ていたら、何か頭の中で物語というか、
奈良の怪しげな妖怪が出てきそうとか、そういうことを想像して、そんな写真が撮りたい
と言うイメージが湧いたそう。(ONSA DOYASA インタビューを再構成

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そんななか写すと言う行為と写されると言う行為の鬩ぎ合い、例えば仮面を被っていても
その奥の瞳はくっきりとレンズを見据えたり、敢えて視線を外したりすることで
奥さんとともにその場所に棲む何者かを写真に乗り移らせることが出来たときの快感、
クラクラするような祠ネイティヴで誇NARAティヴな景色に出会うことで、
仕事で地元を走る時も常に、御神木のように永年切られる事なく尋常でない
大きさの木の下には必ずや!と言う祠目線で走るくらいのハマりぶり(笑)。

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去年のおんさでは奥さんの心境の変化か、従来の作家名を「華氏」から saredo に
変えての出展でしたが、今年はどうなることやら。
屋号は saredo -されど- ですが所属する作家個人としては華氏で良いのかも?
そんなあやふやな感じで、そもそも今年出品出来るのかさえもわかりませんが
この二人での写真活動が根っことなり、saredo と言う幹や枝葉を育てた事は否めません。
まだ、花咲いたことは無いかも知れませんが、もし咲いたならまたそれを
毎年咲かせ続けられるように。僕たち自身も忙しさに感けず根っこを大事に
たまにはちゃんと水やりせねばと思う朝。

萱澤 有淳

萱澤 有淳

hito - ito - saredo
http://saredo-watanowa.hatenablog.com
https://www.facebook.com/saredo.watanowa
https://www.facebook.com/wata.no.war.in.cottonproject

Reviewed by
akira kusaka

saredoの原点となった『写真』というワード。
写す側と、写される側。二人の会話なき対話は、見えない糸で繋がっているみたいで、まるで糸電話の様。
二つの糸を結んだような、『今』に繋がる根っこのお話。

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