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2F/当番ノート

ガンジス河のこと

当番ノート 第29期

朝目覚めた。
見慣れない部屋。
あれ、ここはどこだったっけ?と天井を見ながら思う。
隣のベッドでは、友人がスヤスヤと寝ていた。
それを見て思い出す。
そうだ、私たちはインドに来たのだった。

友人を起こさないように、物音をたてず気をつけながら窓辺に移動する。
静かに窓を開けるが、錆びているのかガガッガとわりと大きな音がする。
起こしてしまったかもと心配になり振り返ったが、彼女は変わらず眠っていた。
窓のほうに顔を戻す。目線の高さに電線が迷路のように張り巡らされていた。
下のほうから、リクシャーや車のクラクションが聞こえる。外が賑わいだしてきた。
看板も、道路も、匂いも、人も、インド。
赤茶色の街。朝のはじまり。

インド デリーの街並み

インドに行きたいと思ったのは、いつからだったのだろうか。
小学生の時の私は、人が生きること、死ぬとは何なのかを友人とよく話していた。
生きる意味や、まだ知らない死ぬことに答えはないけど、答えがないからこそ考えるのが好きだった。
インドには、ガンジス河があって、亡くなった人の灰が流される場所でもあり、ヒンドゥー教の人々が集まり、沐浴を行なう場所でもある。
そこに行けば生きることや、死ぬことがわかるような気がした。
大学生になっても、いつか行ってみたい場所として、インドは心の片隅に居続けた。
まだ、インドに呼ばれていないのだ、こんなに思っているのだからいつかインドからお声がかかると思っていた。

大学4年の冬に就職先も決まり、まとまった休暇はとれないのだと思った時、私は心に決めた。
インドに行くと。
決断するのが恐かった。インド人は浅黒くて恐い。目がぎょろっとしていかにも悪そうな顔をしているし。
でも、もうインドから呼ばれたのだ。
お声がかかったのだから、このタイミングなのだと自分に言い聞かせた。
でも、1人で行くのはどうしても不安だった。
一緒に海外旅行に行ったことのある友人に声をかけたら、
即答で「いいよ!」と言われ、彼女の思い切りの良さに驚いた。
2人でいれば、どんなことが起きても笑えそうな気がした。
誰かと行くなら彼女と行きたいと思っていた。

デリーから13時間、寝台列車に乗り、ようやくガンジス河のあるバラナシに着いた。
ついに来てしまった。ガンジス河はもう、すぐ、そこにある。
目と鼻の先ぐらいの距離なのだろうか。今すぐ河を見たい。
連日のインド人の鬱陶しさにイライラしていたが、この時だけは周りのインド人みんなを好きになれそうだった。
リクシャーのおっちゃんに、ガンジス河の近い交差点で下ろしてもらい、ここからは歩いていく。
ガンジス河を見ながら、今日泊まる宿を探すことにした。
インド人の中に紛れながら、河を目指す。すれ違う人たちは、こちらにチラチラと視線を送ってくる。
暑いな、人結構いるな・・・と思っていた時、急に目の前が開けた。
ガンジス河との対面だった。黄土色の河だった。確かにそこにガンジス河はあった。
「本当に、ガンジス河あるんだ・・・。」少し不思議な表現になってしまうが、私はそう感じた。

ガンジス河

川沿いの低い塀に腰をかけて、ガンジス河を眺める。
バラナシでの4日間は、河を見ながら過ごしていた。
沐浴する人、歯を磨く人、その横で洗濯をする人、火葬された灰も流れていく。
クリケットをして遊ぶ子どもたち、働いているのかわからないおっちゃん達は輪になって毎日何かを話している。バラナシの風景を描く欧米人、タブラやシタールを習っている旅人、私たちのように旅行として訪れた観光客、火葬場で燃やされるのを待っている遺族と死体、野良犬、牛。
たくさんのものが入り混じっていて、ぐちゃぐちゃだった。
人って綺麗なものではないのかもしれないと思った。
目を背けたくなるような、日本では見て見ぬふりするようなことを、インドでは正面から受け止めろと言われているような気がした。
人間って土くさいような、それが人間なのだということを直視せざるを得ないようだった。

IMGP6550

生きるって何だろうか、死ぬって何だろうか。
火葬場に行ったり、流れるガンジス河を見たりしながら自分に聞いてみた。
ありきたりだけど、死は生活の一部なのかもしれないとその時感じた。
想像していたよりもずっと身近にあるものなのかもしれない。
ここに来れば、すべてがわかるはずと思っていたけど、何もわからなかった。
ただ人々の暮らしがあって、人の死もある場所だった。
ずっと夢に見ていた場所にたどり着けたこと、そこで期待するような何かを得ることはできなかったけど、
わからなかったということが答えなのかなと思う。
そもそも、生きること、死ぬことに答えなんてないのかもしれないし、あるのかどうか今の私にもわからない。
でも、これから先の生きていくなかで、答えに近いものがきっと見つかるのだと思うと、普段と変わらない毎日も少し違って過ごせるような気がする。

ガンジス河3

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はじめまして。田中晶乃と申します。
私は、表現者でも、アーティストでもなく、ただの会社員です。
今回、アパートメントに入居させていただくことになりました。
日曜日担当です。よろしくお願いします。

これが掲載される10/2に、私は30歳の誕生日を迎える。
これを作っている今は、29歳。まだぎりぎり20代。
ついに30代の枠の中に加わるのか~と近頃思っている。
10/2が来たからって、何かが変わるわけではないけど、自分が30代になるのが不思議な気がする。
想像していた30代とは違うけど、これからも自分の人生が続いていくのかと思うと、まだまだこれからだなと思ったりもする。

アパートメントの管理人さんたちにお会いした時に、入居したいと思った。
売り込めるような表現力もないけど、「このタイミングなのだ、いきなさい」と、インドに行くことを決めた時のように、このアパートメントに呼ばれているような気がした。
今回この記事を書くにあたって、毎日ガンジス河のことを考えていた。
不思議なことに、自宅の近くにも川が流れている。そういえば、実家の近くにも川がある。
私は川の傍で育ったのか。
憧れの場所ガンジス河だったけど、「かわ」という意味では、変わりはないと思う。
自宅の川も、実家の川も、あのインドのガンジス河に繋がっているのかな、そしたらそれこそインドで見たものと、今の私の生活も繋がることになるのかな、と近所の川を見ながら思った。

田中 晶乃

田中 晶乃

ただの会社員。ようやく30代の仲間入り。
東京生まれ東京育ち。

お酒と器とラジオが好き。
インドに行ったり、シェアハウスで暮らしてみたり、
特になりたいものはないかもしれないけど、のんびり暮らすのが好き。

Reviewed by
中田 幸乃

小さな期待を抱いて、旅に出る。
そこでしか見ることのできない景色、初めて会う人、音、食べ物、匂い、温度が、きっと、自分の価値観を揺さぶってくれるだろう、物事を決めるきっかけをくれるだろう、わからなかったことがわかるようになるだろう、と。

しかし残念ながら、旅から帰ってきたわたしは、旅に出る前と同じだ。
そのことを、なんだか虚しいような、悲しいような気持ちで処理していた。

しかしこの文章の中で、インドから帰った晶乃さんは、家のそばの川を見て、この流れがガンジス河にもつながっているのだ、と、ふと考える。

日常の中で、旅先で見た光景がふと顔を出し、遠い場所の誰かの生活を描く。
そうして、わたしの生活も、誰かの想像の中で、どこかの誰かの生活のイメージとして残っているのかもしれないと思う。

旅という非日常は、ぐるりとめぐって日常に溶けてゆく。

旅はわたしを大きく変えはしない。
けれど、その欠片が少しずつ積み重なってゆくのは、とても豊かなことだと思うのだ。

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