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2F/当番ノート

夜、話すこと

当番ノート 第29期

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コオロギの鳴き声、夜風、月明かり。
石垣島の空の下、夜の中に入り込んで、自然たちと一緒に私たちは毎夜宴をした。
普段話せないような、心の奥底のことを話し出せる時というのは、こんな夜なのだろう。

4年以上前のこと
自分が思っていることを、本音で話さないようにしていた。
周りの人達に合わせていることが多かった。
たまに本音で話すと、重い~と言われたり、そんなこと考えたことなかったよという返答がくる。
重いような話、疑問に思っていること、周りの人達はどう考えているのか、私は知りたかったのだと思う。
そんな話題を出さず、うまく周りに合わせていれば、その場は過ぎるし、人を不快にもさせない。
そう生きていけばいいのだと思って生きていた。
でも物足りないと感じていた。重いとか深いとか、あまり考えないような話をじっくり話したかった。

築100年のかまじいの家という古民家が東京の入谷にあった。
シェアハウスとして使われていたあの場所。
そこで私は彼らに出会った。
25歳の時だった。
私は当時、近所のシェアハウスで暮らしていた。
ご近所さんにもシェアハウスをしているところがあると聞いて、遊びに行ったのがきっかけだった。

それからイベントがあると声をかけてもらい、ちょこちょこ顔を出しに行った。
ホームパーティー、映画会、お茶会を体験したり、演奏会や勉強会も行なわれる場だった。
その、かまじいの家には、様々な肩書きの人が出入りしていた。
私なんかは、ただの会社員で特に面白い話題を持っているわけではなかった。

そこでは毎回会う人は少なく、ほとんどが初対面だった。
大勢の人が集まっているが、今まで居合わせた場と明らかに空気が違っていた。
それがそのかまじいの家の力なのか、集う人々の力なのかはわからないが、
大勢集まってもひとつの話題をみんながじっと聞いている。
住人の作った温かい料理が並び、誰かが手土産で持ってきたお酒をみんなで飲んだ。
同じものを食べて、同じお酒を飲む、それも私たちをひとつの空気に包んだのだと思う。

さっき、はじめましてと挨拶した人もいる。どんなバックグラウンドなのかも知らない。
話始めた人がいると、みんなどんな内容でも聞く。そしてそれに対して自分が思うことを話す。
途中で話を切る人もいなく、聞いている人が話を笑いに変えてしまうわけでもない。
じっと聞いて、みんなが相手の話を引き出すからか、話している人はポロポロと心の奥底のことまで話をしてしまう。
実際に自分がそうだった。
気付いたら今まで話さないようにしていた、重いとか深いとか考えていなかったよと言われるような話を、初対面の人たちにしていた。
いつもと同じような返答を言われると思い、話していた内容を笑って流そうとしたが、誰も笑わず真剣に聞いていた。
笑って流そうとした自分が浮いてしまいそうな、これも今までにない空気だった。
そして聞いてくれた人々が、それぞれ思うことを、しっかりと私に伝えてくれた。
驚いた。こんな人たちがいるのか。こんなにしっかり聞いてくれて、真剣に話をしてくれるのか。
同じ世代に生まれて、そして出会えたことがとても嬉しかった。

そのかまじいの家で暮らしていた友人(世一くん)が、縁あって石垣島に移住した。
そして、奥さん(ゆうちゃん)と一緒に暮らしている。

同じようにかまじいの家で出会った石垣島出身の友人(喜屋武くん)。

喜屋武くんのお父さんが東京に来た時に、お会いさせてもらった。
喜屋武父(島さん)は、料理を作っては出して、いきなり歌い始めた。
少し驚いたけど、心の高ぶるままに歌を歌うのは、私にはできないことだった。
とても自然なことで、自由さを感じたのを、今でも覚えている。
そして喜屋武母(みつるさん)のことは、よく話で聞いていた。
お会いして、ゆっくり話を聞きたいなと思っていた。

世一くんが東京に来るたび、喜屋武くんと3人で会って飲んでいた。
会うたび2人から、石垣に遊びに来てほしいよ、石垣で一緒に飲みたいねとお誘いを受けていた。
私は、今年こそとか、来年には・・・と言いつつ、その返事で止まっていた。
楽しみはいつまでもとっておきたい思いと、行ってしまったら何かが終わってしまうのではないかと思っていた。

なぜ具体的に動き出せたのか。
自分の中で行こうと決めた理由は何だったのだろうか。
行くなら10月にと思っていた。今年、私は30歳になる。
あのかまじいの家の時のように、自分の心からの声に素直に答えたいと思っていた。
その声を聞きたいなと思った。

7月に、私は石垣島に行こうと決めた。

世一くん、ゆうちゃん、島さん、みつるさんにも会いたくて、
ゆっくり話を聞きたいと思ったのだ。
会いたい人に会いに行く旅。

喜屋武くんと、喜屋武くんの友人で石垣出身の高田くんも一緒に。
3人で石垣島に行くことになった。

石垣島から「おいでよ」と呼ばれているような気もした。

田中 晶乃

田中 晶乃

ただの会社員。ようやく30代の仲間入り。
東京生まれ東京育ち。

お酒と器とラジオが好き。
インドに行ったり、シェアハウスで暮らしてみたり、
特になりたいものはないかもしれないけど、のんびり暮らすのが好き。

Reviewed by
中田 幸乃

「こんな話は、どうせ分かってもらえない」

話し始める前から諦めていた。

解らない感情に輪郭が欲しくて、わたしは、わたしではない誰かと話をしたかった。

でも、わからないことを、わからないまま、身体の外に出してもいいのかな。迷惑ではないかな。変な奴だと思われてはしまわないかな。

そう思って、諦めた。

話したい人の顔を思い浮かべてみるけれど、相手に伝わるような文章が作れない。言葉が繋がらない。

そりゃそうだ。
だって、本当に話してみたいことは、自分でも、わからないことなのだから。

話したいことが話せるときというのは、身構えて、準備をして経験できるものではないのだと思う。

「あぁ、こんな話をしたかったんだ。」と、すとんと納得するときの、思わず笑ってしまうような幸福感。わたしは、その感覚を知っている。

ふいに、湧き出すように出てくる言葉を、確かに受け止めてもらう。そんな、幸せな体験をしたことがある。

だから今、書ける。
書きたいことがたくさんある。

あのとき、わたしは、わたしの言葉を見つけてもらったのだ。

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