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2F/当番ノート

源義経・弁慶・静のうた

当番ノート 第30期

こんにちは。

今回も古典がテーマであることに変わりはないのですが、お正月にブックオフで買った司馬遼太郎さんの『義経』を読んでとても感銘を受けたしたので今回は「弁慶・義経・静の歌」をテーマにしたいと思います。

【武蔵坊弁慶】

  六道(ろくどう)の 道の衢(ちまた)に 待てよ君 後(おく)れを先立つ 習ひありとも

 (我が君よ、あの世の六道の道の別れ道で待っていてください。この世に残されたり、
  先立ったりする別れの宿命があるとはいっても、すぐにあの世でご一緒しましょう)

  *「六道」というのは、生前の行いによって六つの世界に行く死後の道の分岐点の
   ことをいいます。

源義経の生涯を記した『義経記』巻8「衣川合戦の事」に載る1首です。

1189年、弁慶が奥州衣川で討死する直前に詠んだ作ということで知られております。

頼朝と対立して追討の宣旨を受けた義経は、奥州平泉の藤原秀衡を頼り落ち延び、庇護を受けました。秀衡亡きあと泰衡が家督を継ぐと、頼朝の策略にはめられて、後白河院による義経追討の勧賞を信じて義経征討を受託しました。

1189年、泰衡は義経が寝床としていた衣川を500騎軍勢で奇襲しました。対する義経側はわずか十余の軍勢。形勢はどうみても明らか。弁慶は黒糸威の鎧を血染めにしながらも奮闘し、転んでは起き上がり、勇猛に戦いました。残った家臣が弁慶含めて2人となった時、義経は法華経を読み上げていましたが、弁慶は「たとえ死んでも義経の読経が終わるまで守る」と言って上の歌を詠みました。義経と来世でも共にすることを誓ったのです。

  六道の 道の衢に 待てよ君 後れを先立つ 習ひありとも

弁慶の最後は、鎧に無数の矢が突き刺さったまま、義経のいるお堂を背にして、薙刀を立てて、無数の敵を睨みながら仁王立ちして、憤怒の表情で立っていたが、敵方の馬がぶつかって倒れたので、死んでいたことが分かったといわれています。弁慶の立ち往生として知られている一節です。

ところで、弁慶は実在していたのでしょうか。史実としては、義経が謀反人の扱いを受けて後、義経は興福寺や比叡山の僧兵たちに匿われて、数名の僧が義経に同行し奥州まで向かいました。身の危険を顧みずに主君義経の身守り抜く弁慶像は、鎌倉幕府の権力に従わない、自らの正義を武力によって守ろうとした、比叡山や興福寺など有力寺院の僧兵の存在によって形成されたものであると思われます。ですからこの歌は、『義経記』の作者による創作ということになります。

【武蔵坊弁慶(Wikipediaより)。弁慶の実在については様々な説がありますが、いくつかの伝説がまとめられて作り上げられた存在なのだと思います。】

【武蔵坊弁慶(Wikipediaより)。弁慶の実在については様々な説がありますが、いくつかの伝説がまとめられて作り上げられた存在なのだと思います。】

【源義経】

  思ふより 友を失ふ源の 家には主 あるべくもなし

こちらの歌は『源平盛衰記』 巻46「義経始終ノ有様ノ事」に所収される歌です。1189年、義経が31歳の若さで自刃する間際に詠んだ歌とされますが、こちらも『源平盛衰記』の作者による創作です。

1185年、壇ノ浦で平家を滅ぼした義経は、頼朝に謀反の疑いをかけられ、陳情のために鎌倉に下向するも腰越(こしごえ:鎌倉の郊外にあたる)で留め置かれて、頼朝の許しをえられず帰洛しました。義経が謀反を起こすという疑いが京にも広まると、頼朝は家人の土佐房昌俊(とさのぼうぼうしゅん)を刺客として送り、義経を討とうとしました。襲撃が頼朝の命によるものと知った義経は、後白河院を頼り頼朝追討の院宣を賜り、叔父の行家と共に西国へ向かい頼朝と戦うことを決意しました。

ところが、頼朝もまた後白河院に義経追討の院宣を強く迫り、義経は一転して朝廷の敵となったしまったのです。義経は西国へ落ちる途中、淀川にある石清水八幡宮の拝所に立ち寄り八幡大菩薩に起請しました。八幡大菩薩は源氏の守護神です。義経の乗った船は、平家の怨霊で暴風に遭い、住吉の浜(大阪府住吉区)に押し戻されて西国九州へ落ち延びることはできませんでした。

義経は、木曽義仲を追討を始め平家討伐に至るまで、常に朝廷を守護する役目を果たしてきました。頼朝の讒訴(ざんそ)により京から西へ落ち延びる際も朝廷を巻き込まず、京を戦乱に巻き込まないように配慮を怠りませんでした。君臣の忠義を大切にする義経に対して、同族を滅ぼそうとする頼朝が世を治めるような現世での願いは何もないと義経は思ったのです。

義経は来世での往生を祈願し、南無阿弥陀仏を百万遍と唱え、この歌を詠んで自害に至りました。

  思ふより 友を失ふ源の 家には主 あるべくもなし

 (自らの心から湧き出た疑念の思いより友を失ってしまう源氏の家には、
  一門の長たるべき主などあろうはずもない)

と辛辣な歌を詠んで最後を遂げます。

ところでこの歌、頼朝の名が詠み込まれれていることに気がついたでしょうか。

頼朝にはいずれ八幡大菩薩の神罰が下されると暗示されているのです。そしてこの歌のとおり、頼朝の血統断絶は実朝の暗殺により、20年ほど後に予見されます。

【源義経(Wikipediaより)。現代に描かれる義経はイケメンが多いのですが、実際はどうだったのでしょう…】

【源義経(Wikipediaより)。現代に描かれる義経はイケメンが多いのですが、実際はどうだったのでしょう…】

【静御前】

  しづやしづ 倭文(しず)の苧環(おだまき) 繰り返し 昔を今に なすよしもがな

 (倭文の織物を折る時に苧環の糸を何度も巻き戻すように、静や静やと義経が私の
  名前を呼んでくれる。そんな義経の姿を、もう一度取り戻したいものです)

静御前は源義経の愛妾です。平家滅亡後、義経一行に同行しますが、吉野で義経と別れ、金峯山寺のお坊さんに捉えられて鎌倉へ送られました。この時静は義経との子を宿していましたが、男児が生まれると頼朝の命により由比ヶ浜で殺害されました。とても悲しい話です。

さて、上記の歌もまた『義経記』巻6に収められている歌です。1186年、静が18歳の時の作とされますが、こちらもまた『義経記』の作者による創作なのです。

吉野で義経と別れ鎌倉に送られた静は頼朝と対面します。頼朝は、後白河院より日本一の白拍子(しらびょうし:舞を踊るダンサーですね)と謳われた静の舞をぜひ見たいと思い、部下の梶原景時(かじわらかげとき)に静を説得させて舞を踊らせようとしました。しかし景時の高圧的な説得に静は一向に応じず、今度は工藤祐経(くどうすけつね)に説得を命じたのです。

工藤祐経は妻の力を借りて「源氏の氏神である八幡神を祀る鶴岡八幡宮で舞を奉納すれば頼朝と義経の仲が直って、義経も喜びますよ」と言葉巧みに静を言いくるめました。

静は鶴岡八幡宮に行きましたが、舞の奉納が頼朝の策略と知りました。それでも静は頼朝の前で舞を踊り、その最後に上の歌をうたったのです。そして続けて

  吉野山 峰の白雪 踏み分けて 入りにし人の 跡ぞ恋しき

 (吉野山の白雪踏み分けて、山の奥に入っていった義経の足跡が恋しい。
  私のお腹に宿した義経の子が愛おしく思われます)

とうたい収めたのです。

このような歌を歌われては、頼朝も憤懣やる方ありません。「頼朝の世が終わって義経の世になれというのか」と激怒しましたが、妻政子のとりなしによって静は赦されたのです。静は幕府より恩賞を多く授かったといわれていますが、すべて鶴岡八幡宮に奉納したといわれております。

頼朝に対して毅然とした態度をとった静。そこに武士の文化を背負う女性の主体的な姿が見て取れます。

【吉野山。この山で義経と静は生き別れとなりました。吉野の山に静ひとり…失意と孤独に苛まれたことでしょう】

【吉野山。この山で義経と静は生き別れとなりました。吉野の山に静ひとり…失意と孤独に苛まれたことでしょう】

大沢 寛

大沢 寛

塾講師を16年間しております。昨年より鎌倉で「古典作品にみる鎌倉」というタイトルで講座を開いております。

古典で使用される言葉や文法は現代語とは異なるので、難しいという印象を受けることが多いと思いますが、なるべく分かりやすく、親しみやすい内容でお届けできたらいいなと思います。

千年・数百年前に生きていた人も現代に生きる私たちも、日々の営為に思い考えることはそれほど変わりません。ですから、現代語訳されてものでも読んでいただければ、共感できることが多々あると思います。

古典を読む楽しさをこちらでお伝えできたらいいなと思います。
よろしくお願いいたします。

Reviewed by
唐木 みゆ

今回は、義経記の辞世の句やそれぞれの終盤の和歌のことです。
私はふだん、古代の美術ばっかりに接しているので、古代の和歌
万葉集とか伊勢物語とかを読みがちで
万葉集なんかは
「春うまいうまい、あの娘かわいいかわいい」といった
思ったことそのまま言いました。系が多いんですけど
(ド健康でのびのび、パンツを穿かない表現で、私は古代に救われるのです)

今回のはなんというか、それぞれの死の情が完結で味わい深くまとめられて
現在の日本語として意味も伝わりやすいので、ぐっと的でロマンティックに思いました。
ああ…悲しい……ああ、ああ



色っぽい……



私は、どちらかというと頼朝のほうがすき!
だので、義経は京で勝手に官位を受けたりしてそんなんで武士の世になるか!あほ!あほ!!
と思っていたんですけど、今回の記事を読むと
義経の気持ちも流れてきて、とにかくため息しかありません……

ああ、ああ……


レビュー:唐木みゆ

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