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2F/当番ノート

走るようになって気づいたこと

当番ノート 第31期

速く走れるようになれば、楽に走れる。

2年半前に走り始めたころは、そんな風に思っていた。
個人競技は自分のがんばった分だけ結果がついてくる。ランニングはその正しい見本だ。個人差はあれども、トレーニングを積んで走れば走っただけ、速くなる。
他人と比べるとどうかは分からないが、僕も以前よりは速く走れるようになった。だからといって、何も楽になってはいない。

極地を1週間走るステージレースに出れば、毎日寝起きは体がバキバキに固まっている。毎朝、上体を起こしてテントから外に出るまでが、一番つらい。その点は出場回数を重ねても同じだ。スタートしてからしばらくは体が重い。走り始めはガマンのときである。
ひとしきり汗をかくと、体が温まって軽くなる。ここまで来ると後はゴールまでペースを保つだけ。それがいつまでたっても難しいのだが。

走り始めた2年半前に比べれば、現在の方がペースは上がっている。
初めて出場した大会にいま出場すれば、当時の4割減の力で走れるかもしれない。4割引といえば、なかなか悪くない割引率ですよ、奥さん。
とはいえ、ゆっくりすぎる。普段とは違う体の使い方をするので、変に疲れてしまう。精神的にも。自分のペースで物事が進められないというのは、じれったいものだ。惰性のようなペースで走るのも、楽ではない。

もちろん、ちゃんとしたペースで走ると、それはそれで疲労困憊になる。
走り終えた後には足の張りと筋肉痛がもれなくプレゼントされる。自分のペースでベストを尽くせば当然である。いつまで経っても楽に走れはしない。

自分が精一杯のところで、持てる力を出し切らないと筋肉痛にはならない。能力の高さは関係ない。惰性ではなく、ベストを尽くした証しともいえる。楽ではない、けれど完全燃焼し続ける日々を過ごせるのはとても楽しいことである。

だから、レースに出場しているときは毎朝キツいなあとぼやきながら、バキバキの体をほぐしてスタートを待っている。

若岡 拓也

若岡 拓也

ローカル、移住、走ることなどを
題材にしてライターとして活動中
福岡県上毛町で地域おこし協力隊
海外の砂漠や山岳、ジャングルを
走る大会にチャレンジしています
7日間250kmが標準的な長さです
1984年生まれ石川出身の双子座

Reviewed by
朝弘 佳央理

根気のなさが体も表れているのか、私は長距離走がからきし苦手だ。
それでもここ数年人生で初めて味わう「体力が落ちてきた…」という現象に抗うべく、近くの公園を走ることにしている。
ジョギングなんていつ以来だろう。高校の部活の先輩に「走り込みをしろ」と命じられたのに走るふりをして近くの公園で遊んでいた私である。

そんな私が若岡さんの「走ること」に対して何かを言うのは非常におこがましいのですが、幸いにして何かを長年続けて積み上げるということに関しては少し想像を及ばせることができる気がする。

うちの近くにはとても美しい公園がある。パリの中でこの公園が一番好きだ。起伏があって緑が多くてあちこちに寝そべることが出来る。カフェもあれば小さなメリーゴーランドもあるしアイスだって売っている。池(汚い)のほとりには仲良しのモチノキまである。
1周2.5キロほどの公園を最初は1周するだけで鼓膜が破れそうに疲労したのに、毎日半周ずつ増やしていって10日ほどで10キロ走れるようになった。
毎日少しずつ自分の記録を更新して、からだの状態も改善されていって(息が切れなくなったり首が痛くならなくなったり筋肉痛が酷くならなくなったり)毎日の生活でもちょっとした無理を不安に思わなくなって、走るって面白いことだったのだなあと初めて知った。
去年の夏の日本ツアーのハードスケジュールに不安を持たずにいられたのは夏前の走り込みに依るところが大きかった。

ほかのすべてのこと、ダンスとか武道の訓練やお料理、語学と同じで、付き合っているうちに自分だけのやりかたを見つけてゆくものなんだな、そして他のものに違わず、ここには生きている自分の姿勢が過程が凝縮されるものなんだな、ということを、なんとなく感じたりしている。


(…などと言いながら実はしばらくさぼったのでまた2.5キロからやり直しているのですが…根気……)

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