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2F/当番ノート

群青色の街〜夜更け〜

当番ノート 第32期

時計の針が、ちょうど夜の10時を過ぎた。
ふと囲炉裏がある方へと目を向けると、囲炉裏の火がほとんど消えかかっている。

さっきの宴会の盛り上がりから一変して、今はみんな百合ちゃんの話に静かに耳を傾けている。
「あの日はちょうど今くらいの、秋が深まりだした季節で。
ただこの時期って、台風も一緒にやってくる季節なんだよね。
天気予報では、行く日にちょうど嵐がくるって言っていて、行くかどうかちょっと迷ったんだ。お母さんにも、なにもこんな時期に行かなくていいんじゃないって言われて。

でもその旅が、私にとって初めての一人旅で、鎌倉に行こうって前から決めてたんだり
だから、どうしてもその時行きたかったんだよね。」
どうしても今、ここに行かなければならないんだ
という百合ちゃんのこだわり。
彼女のちょっと頑固な一面を垣間見れた気がした。

「それで、京都から新幹線ではるばるこのゲストハウスまで来たんだけど、結局天気予報は的中して、天気は大荒れ。
大雨で風も強くて、新幹線が遅れに遅れてゲストハウスに到着したのは夜の7時。
やっぱりそういう時に旅行に来ようと思う人って少ないんだよね。
私のほかに来ている人は一人しかいなくて。
その一人が、彼だったんだ。」
そう言って百合ちゃんは彼を見る。
すると彼はなんだか照れくさそうに笑い、
「ちょっと料理作るの手伝ってこようかな。」
と言って台所の方へにそそくさと向かって行ってしまった。

「そんな嵐の中、鎌倉旅に来た物好きな2人が出会ったってわけね。」
とサザエさんは言って、きれいに揃った大きな歯を見せて、にっと笑う。
「それでそれで?どうなったの?」
さっき恋バナをしていた女の子がわくわくした様子で、百合ちゃんの話の先を促す。

百合ちゃんはにこにこしながら話を続ける。
「それで、嵐だから外に出かけることもできなくて、手持無沙汰で団らんスペースに行ったら、そこで暇そうに座っている彼もいて。
それでそこにスタッフの方も一人交じって、じゃあ他にやる事もないし、せっかくだしみんなでそれぞれの話をしようかってなって。」
「へぇ~!それで話したら、もう意気投合!みたいな?」
とシナリオライターの女の子がその先の展開に想像を膨らませて、楽しそうに聞く。

すると百合ちゃんからは、予想外の返事が返ってきた。
「いや、実は第一印象はね、全然よくなかったんだよ。」
「え、どうして?」
「だってね、夜にみんなで集まって話すことと言えば、やっぱりホラーの話だよねって彼が言い始めて。
それで、山へ旅行に来た男女5人組が、嵐の晩に山小屋で足止めされた話をし始めたたんだけど、その話が本当に怖くて。」
そう言う百合ちゃんは、少しぶるっと体を震わせて話す。怖い話が本当に苦手なのだろう。
そんな嵐の晩に、同じようなシチュエーションのホラーの話をするなんて、彼はおそらく茶目っ気がある面白い人なんだろう。

その後、百合ちゃんはその怖い話を聞いて、トイレに一人で行くこともできなくなってしまったらしい。
彼はどんな気持ちでそんな百合ちゃんを見ていただろう。
きっとさっき百合ちゃんに見せたような優しい眼差しで、百合ちゃんのことを怖がらせてしまったことを申し訳なく思いつつも、かわいいなぁと思っていたんじゃないだろうか。

翌朝になると、嵐の勢いは少し弱まって、歩けるくらいの雨模様になったらしい。
百合ちゃんは彼より先にゲストハウスを出て、観光をしてから帰ることになった。
その時、彼は近くのバス停まで百合ちゃんを送っていってくれた。
2人で歩いていたら、彼の方から、昨晩怖がらせてしまってごめんねと謝ってきたのだという。
百合ちゃんは、昨晩は怖かったけど、もう気にしていないから大丈夫だよと返事をして
そのまま2人は別れた。
その時に連絡先は交換はしていなくて、それっきりだと2人はお互いに思っていたらしい。

え、でもそうしたら二人はどうやって付き合うことになったの?
その場にいるみんながそう思っていたようだ。みんな先が気になって仕方ないという顔をしている。

百合ちゃんによると、バス停で別れた後の
続きの話があると言う。
「鎌倉観光をして帰る頃になって、また台風が近づいてきて。
新幹線で東京から京都まで向かっていた途中、ちょうど名古屋まで乗ってきたところで、新幹線が運転見合わせになっちゃって。
2時間は動かないっていうから、一旦新幹線を降りて、名古屋駅のホームを歩きながらどうしようかなぁって思ってたら、偶然そのホームに彼がいたんだ。」
「え、すごい偶然!」
「うん、本当にびっくりした。
出発した時間も違ったし、乗る新幹線も合わせたわけではなかったんだけどね。
でもそういえば彼は長崎から来たって言ってたから、確かに同じ方面に帰るんだっけとは思い出して。
でも、まさか同じ新幹線に乗ってるとは思ってなかったな。」
百合ちゃんは嬉しそうに話を続ける。
「それで、じゃあ運転が再開されるまで、新幹線で隣同士の席に座って話でもしましょうかってなって。
そこで初めて連絡先を交換して、
そしてようやくお互いの話をちゃんとしたの。」

2人はその旅から帰った後、京都と長崎の遠距離恋愛が始まり、4年間愛を育んだ。
そして、この春に彼が大阪に転勤になったことをきっかけに、彼からプロポーズをして
めでたくゴールインしたのだという。

不思議だった。
彼らは一回目に出会った時には、すぐに恋仲には発展をしなかった。
だけど、2人は不思議な縁によってもう一度巡り合って
そして2人の物語が始まった。

1回目の出会いだけでは発展をしなかった2人が、
嵐をきっかけに再び引き寄せられた。

嵐という天候がきっかけで結びつけられたところに、人の力が及ばないところでなにかが引き起こされたような
そんな気がした。

百合ちゃんと彼の映画のような話を聞いて、みんなほぉっと感慨にふけっていた時、
「みなさん、できましたよー!」
という少年の元気な声が降ってきた。
彼は台所から、大皿を持って団らんスペースへとやってきた。その後ろから、あの彼がにこにこした表情で一緒にやってきた。

みんながわぁっと声を上げる。お菓子やおつまみは食べていたけれど、ちゃんとしたご飯を食べていなかったから、ちょうど小腹がすいていたところだった。

大皿が机の上に置かれると、
そこにはペペロンチーノがこんもりと盛られていた。
キラキラと輝く黄色いパスタの上には、輪切りされた赤い唐辛子と、緑色のパセリがちりばめられてる。

今までペペロンチーノを食べることを楽しみに待ち望んだ記憶ってないけれど、
今目の前に出されたペペロンチーノは、普通のメニューなのに
なんだか特別な輝きを放っている気がした。
サザエさんが率先してみんなのお皿にペペロンチーノを取り分けてくれて、みんなで
いただきまーすと言って食べ始めた。
「おいしい!」
りんごちゃんが目を輝かせて言う。他のみんなも、うん、これはおいしいねと言って幸せそうに食べる。

私もペペロンチーノを口に運ぶ。
麺がしっかり茹でられていて、オリーブオイルやにんにくの風味が麺にしっかりしみ込んでいる。
唐辛子のピリッとした辛さがくせになって、箸がとまらない。

このペペロンチーノのおいしさを表現するのに、特別な表現って必要ない感じがした。

純粋に、シンプルに、おいしい。

そう思えた。
料理人志望の少年は、おいしいおいしいと食べるみんなを見て、嬉しそうにはにかんでいる。
なんだかこのシンプルなおいしさが、
彼自身をそのまま表しているような気がした。

そんなおいしいペペロンチーノを食べていると、ふと私は小さい頃に父から教わった
食べることの掟みたいなものを思い出した。

食べることが好きな私は、同じく食べることが好きな父から、
寿司屋に行ったらまずはだし巻き卵を食べろと教えられた。
なぜかというと、そういうシンプルな食べ物こそ、その店が味にこだわりを持っているかどうかが分かるからだという。
確かにその通りで、父に連れて行ってもらったおいしい寿司屋のだし巻き卵は、
品のある甘さが口の中に広がる絶品で、食感もふんわりと柔らかく、それまで食べたことがない代物だった。

大人になって一人暮らしを始めてから、寿司屋に行くことなんてほとんどないけれど、カジュアルなイタリアンバルに飲みに行くことはよくある。
そこでは私はいつも、フライドポテトを注文する。
寿司屋のだし巻き卵と同じように、一番シンプルなメニューのフライドポテトを食べれば、そこのお店の味へのこだわりがなんとなくわかる気がするからだ。

ふと目の前に盛られたペペロンチーノに目を移した。

なんてことのないメニューのペペロンチーノを
丁寧に丹精を込めて作る彼は、
将来きっといい料理を作るお店をだすに違いない。
私は確信に近い直感でそう思う。

みんなは、将来お店だしたら、絶対食べに行くからねー!と言っている。
少年は、はい、ぜひ来てください!
と嬉しそうに返事をする。

そんな光景を見ていてふっと気づく。
あぁ、きっと料理がおいしいだけじゃなくて、今ここでみんなで一緒にご飯を囲んで食べているから、
だからこんなにおいしいく感じるんだ。

東京にいる時、仕事がシフト制で休憩を交代でとるから、ご飯はいつも一人で食べていた。
休みの日も外に出ない日は、家で一人で食べていた。
一人でご飯を食べているその時は、
そんなに寂しいとは思わなかったのだけれど、
こういう幸せな食卓を経験してしまうと、どうしても一人で食べるご飯っていうのが
物足りなくて味気なく感じる。

その時、頭上の柱の年代物の時計がゴーンゴーンと音を立てた。
気づくと深夜12時を過ぎたところだった。
もうこんな時間なんだねと言い、時の経つ早さに驚いた。
スタッフの女性がやってきて
「さぁみなさん、12時を過ぎましたので、そろそろ片付けをしていただいて、おやすみのご準備をお願いします~。他に寝ている方々もいらっしゃいますので。」とみんなに声をかける。
私たちはその声をきっかけに、空っぽのお菓子の袋や割り箸などのゴミを手早くまとめ、食器を台所へ運び始めた。
私たちは数時間前に出会ったばかりなのに、いくつかの濃い体験を一緒にしたせいか
不思議と団結力があった。
分担を決めるまでもなく、
気づくと自然と食器を洗う係と拭く係
ゴミをまとめる係などに分かれていて、
手際よく片付けが進んだ。

そんなみんなの頑張りもあって、
片付けはわりとすぐ終わり、何も残っていない長テーブルのある団らんスペースへみんな戻ってきた。

「じゃあ、おやすみなさい。」

互いにそう言って、名残惜しそうに
でも満足そうな顔をして、
それぞれ男子部屋・女子部屋へと戻っていった。

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女子部屋には既に何枚もの布団が並べてあって、それの光景を見ていると、小さい頃にお母さんや兄弟と布団を川の字に並べて寝ていたことを思い出した。
そんな懐かしい光景を、初めましてのメンバーですることが、不思議で面白かった。

なんだか修学旅行みたいだねぇとりんごちゃんが言う。
確かに、女子たちでおしゃべりしながら寝るのって修学旅行みたいだよなぁとも思う。
ほんとだね、なんか高校の頃を思い出すね。
私はりんごちゃんにそう返事をして、
それぞれ布団に入る。

今日は随分色んな所を巡って、
色んな人の話を聞いて
色んな体験をした。

今日は心もお腹もいっぱいだ。

久しぶりに幸福で穏やかな気持ちになって

私は眠りにつく。

Anny

Anny

転換期を迎えつつある26歳。ライター・役者。時々阿波踊りを踊っています。

Reviewed by
大沢 寛

「嵐をきっかけに再び引き寄せられた」
Annyさんは宿泊先のゲストハウスで出会ったカップルの馴れ初めに耳を傾ける。

京都から来た百合さんと長崎から来た青年が初めて出会ったのが4年前。場所は同じゲストハウス。その日の宿泊客は嵐のせいでふたりだけであったが、後日各々鎌倉を後にしたふたりは、またも嵐のせいで運行停止した新幹線の停まる名古屋駅で再会する。

京都と長崎。500キロちかく離れるふたりを引き寄せたのは嵐であった。季節は秋、その年は台風が多く日常生活に支障をきたすこともままあったが、ふたりにとっては愛を育む大きなきっかけとなったわけである。出会いとは偶然の産物であるが、その偶然が二度も重なると運命的なものを感じ、ふたりにしかない感情が芽生えていく。

Annyさんは宿泊先のゲストハウスでいろんな出会いを経験し、そのひとつひとつの物語を丁寧に語ってくれている。夕食の準備に勤しむスタッフが調理する様子や配膳の様子・他の宿泊客のことまでもを、読み手がまるでその場に居合わせるかのような感覚にさせてくれる。実体験を踏まえて旅の醍醐味を私たちに如実に教えてくれる。こうした旅行を題材にしたエッセイは、読み手がライターさんの経験を追体験できるところがとてもおもしろい。

さて、囲炉裏を囲んだ夕食もふたりの恋話もひと段落し、夜も更けていく。翌日Annyさんはどこへ向かうのであろうか。さらなる体験・出会いが楽しみなところではあるが、その続きはまた来週。

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