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2F/当番ノート

名刺の余白

当番ノート 第32期

2017年4月
大学を卒業して企業に就職した。

というのは僕の出会った中でも、
多数を占める同期の人の話である。

彼らとは今までと連絡の取り方や、スケジュールの合わせ方がまったく異なる。
しかし、卒業してから一カ月もしないうちに
なんらかの形で集まろうとする仲である。

そんな彼らには、今までになかった持ち物が一つ増えている。名刺だ。

こんな僕でもいくつか頂いた名刺を持っていて、色んなことが書かれている。

○○会社 ▽▽部 ××一課 田中山一郎
住所 電話番号 Fax ホームページ

所狭しと情報が刻まれている。

さて、僕自身も身分を示すツールとして名刺を作成しない手はないと思い
新しく自分で作ることにした。

いくつか手元にある名刺を参考に記入内容を考えてみる。

・会社名 なし
・配属なし
・役職なし
・名前 向田 真

薄々気付いていたものの書くことが少ない!

そして、名刺の一行目にはこう書いた。
トライアスロンライター・作家

二行目にはこう書いた。
ムコーダ マコト

後は住所や連絡先を記載した。

トライアスロンライターも作家もカタカナ表記の名前も
誰かがそう言っているのではない。
自分から言い出したものだ。

つまりこの名刺はまだ、誰かに立場を承認されていないということになる。

一般企業の名刺ならば、そもそも自分で作るものではないのだから
そこには誰かが認めた役職がある。立場がある。価値がある。

僕の名刺にはそれがない。

たとえば、「イチロー」と書かれていたら、
日本人ならあの人のことが思い浮かぶだろう。

その四文字だけで、人々はその人物を語ることさえできてしまう。

だから、僕の名刺も仕事が増えて、たくさん経験をして
書けることが多くなっても、むしろ文字を減らしていきたい。

そうなったら渡す意味なんてなくなるかもしれないけれど
「ムコーダ」という四文字だけが記載されている名刺が理想形だ。

かと言って、今の僕ではそんな名刺になんの価値も生み出せない。
だから、どうしても文字を増やさなくてはならないのだ。

裏面に書く内容も考える。

正直に言うと白紙でもよかった。裏面を白紙にすれば費用も安くなる。

これまでの受賞歴などを記載しようかと考えた。
しかし、それは興味を持つきっかけになったとしても
これから先、僕がどんなものを作り出せるかを示すものではないと思った。

そして、裏面の隅に、書く必要もない文字を、ちょっとだけ載せてみる。

名刺

文字はなんでもよかった。
余白が多いなと思ってもらえればそれでいい。

それが今の僕だから。

ムコーダ マコト

ムコーダ マコト

作家・トライアスロンライター
1994年5月生まれ
第5回阿久悠作詞賞佳作
第7回倉橋由美子文芸賞佳作
2016年8月世界ロングディスタンストライアスロン選手権出場
2017年3月野外演劇『常陸坊海尊』出演
小説を書いたり、トライアスロンをしたり、役者をしたり、
たくさんのことをしたい。

Reviewed by
浅井 真理子

名刺に情報を乗せれば乗せるほど、その人自身の印象が薄れてしまう気がするのは私だけだろうか。ムコーダマコトさんの名刺は思わず微笑んでしまうような名刺。余白から、無いことよりもあることを感じさせてくれる。

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