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2F/当番ノート

突然の閑話休題。ご近所寮と処世術

当番ノート 第33期

【1】

寮じゃないのよ、下宿!なのよ。

この連載の初回でも、そんな訂正を入れたが、改めて書く。寮じゃあないのよ。

下宿生時代、それは大きな違いだった。下宿とは別に、女子寮というものも存在したからだ。狭い道を挟んで向かい側に。

寮は学校経営のもので、たぶん30〜40人くらいが暮らしていた。一部屋に複数人が住んでいて、「おばさん」じゃなくて「寮監」が取り仕切っていた。学習室完備で、毎日勉強のための時間や朝の体操の時間が決まっていた。

もちろん学校に行けば、寮生も下宿生もクラスメイトだ。互いにいがみ合うなどということはなく、寮生が下宿の食卓におやつを食べに来たり、下宿生がこっそり寮生の部屋に遊びに行ったり(ローリングストーンズのポスターが、二段ベッド下段の壁に貼ってあった)。教育方針の違うおうちの娘たちの、ご近所づきあいといった感じだった。

ただ、寮生と下宿生は、似て非なるもの。どちらの生活にも、楽しさと寂しさがあったと思うが、私たちは下宿生だ。その言い方に馴染んできた。

しかし卒業してからは、大学でも会社でも、下宿って概念を説明する気力が薄れてきて、もう寮ってことでいいやと諦めることも増えた。廣安の廣も、電話口だと「広島の広です」って言っちゃう(広島も、戦前は廣島だったわけだが)。

でも稀に、「下宿」って言いかたを覚えてくれる人がいると、信用度が爆上がりする。よね!……って元下宿生に話したら、「私は別にこだわりないわ」と冷めた感じであしらわれた。安易に「私たち」って言葉を使うと痛い目をみる。確かに、寮から下宿に、あるいは逆に移住した人もいるのだった。

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↑左のほうの、白く塔のように頭がのびた建物が寮。その向かい側が下宿(見えない)。右側奥のでかい建物が学校。

【2】

寮でも下宿でもいいんだけどさ、女子ばかり集まって共同生活って、オンナの園って感じだね。と言われることがある。女の人は3人集まればイジメが起きるから、なかなか大変だったんじゃないの、というような含みだ。

別に男でも女でも、閉鎖的な空間はイジメの餌になると思うが、下宿にいたとき、少なくとも私は人間関係で苦しんだことはなく、苦しむ人を見たこともなかった(鈍感なだけかもしれないが……)。

それは下宿に、聖なる優しさと思いやりが、マイナスイオンのように自然と漂っていたから。というわけではない。私は(私たちは、とは言うまい)自分から、濃密な閉鎖コミュニティでの、ある種の処世術を身につけていたのだと思う。

コツは二つあって、一つは悪口を育てないこと。もう一つは、悪しき個性もキャラとして認めることだ。

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↑居室のある棟(母屋とは別)の1階に座り込んでよく遊んでいた。

一、悪口を育てない

共同生活をしていれば、相手に苛々したりムカついたりすることは多々あるが、それをそのままの熱量で第三者に喋ったらだめだ。特に、同じコミュニティの人に喋ったらだめだ。

悪口は、育つものだと思う。

軽い怒りや苛立ちは、胸の中にあるうちは、炭酸水でも飲んでれば簡単に弾けるが、いったん口に出し、それを誰かが受け取って打ち返してしまえば、すぐ太る。

あの子まじありえん、うわーまじかーそれはひどい、ていうか前もさあ、あーわかるわかるそういえばあの時もさあ、てかあの子の親ってああらしいよ、それはやばいね、しかも同じクラスの子が言うにはこういうこともあったって、ないわー、ないよねー、いま思ったけどそんなんだからいつもああなんじゃない?、確かに確かに確かにー

言葉は、こうして書いてるだけでもすぐ表現を盛っちゃうものなのに、会話の中ではいよいよ膨れ上がる。相手の言葉以上に強い言葉を、新しい切り口を、返さなければいけないような気がするからだ。何しろ言葉は気分を作るものでもあるから、キャッチボールの中で膨れ上がった悪口は、さらなる怒りを生む。

だから、怒りや苛立ちの芽は、それ自体はあって良いものだけど(勝手に生えてくるものだし)、一人でひっそり処理するか、せめて全然関係のない誰かにぶつけること。笑えない悪口はすぐ枯らすべし。悪口を「育てる」ようなことは、よろしくない。

一、悪しき個性もキャラとして認める

それから、そもそも怒らないために。下宿生それぞれの個性(好ましいものも、そうでないものも)をキャラとして受け流すこと。

キャラというのは、本性を隠して押し込めるということではなくて、「あの子はああいう子だから」という諦めを、あたたかく包み込むという意味だ。

いつも部屋が汚い。洗濯物をろくに畳まない。風呂が異様に長い。朝起きない。すぐ不機嫌になる。箸がうまく使えない。敬語が使えない。すぐ彼氏が変わる。団欒よりもひとりが好き。ぜんぶ、そういうキャラだから。あの子はそういう子だから。仕方ない、仕方ない。

夫婦だって親子だって、他人は他人だと認めることが、円満の秘訣。SNSで、このあいだそんな投稿がバズっていたが、真理だ。悪いところも良いところも、諦めて日々の笑えるネタにすること。どうしてもネタにできないことは、本人の前で明るく文句を言うこと。

・・・

どちらも書いてみると当たり前だけど、小さなコミュニティで気持ちよく生きていくためには必要なことだ。当時から意識していたわけではなくて、いま振り返ってみれば、そうだったのだろうなと思う程度だが、こうやって実地で学んだ処世術は、その後の私の人生にも生きている。

藻(mo)

藻(mo)

フィクションの好きな会社員。酒と小説と美術館、散歩、そのために旅行する。1991年早生まれ。

Reviewed by
中田 幸乃

“コツは二つあって、一つは悪口を育てないこと。もう一つは、悪しき個性もキャラとして認めることだ。”

そうだよね!そうだそうだ!
と、ひとりで盛り上がる。
ゆきみさんの下宿生活を想像すると、なんだか気持ちがカラリと晴れる。

わたし、じめじめしがちなので、時々読み返そうと思います。

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