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2F/当番ノート

おとなの五教科_4 数学【証明問題】

当番ノート 第36期

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         photo by rika minoda 2017/4 in tokushima pref.kamiyama-cho
                          
                            
好きとか嫌いとか、相性が合うとか合わないとかそういうことの、その前に、
とにかくキミとは向き合いたくないのよね。

中学1年の後半くらいから、次第に私の方から距離を置くようになっていった。
距離を置く、とは言っても、それで静かに放っておいてくれる相手でもなく、
そんな私の態度表明は、「成績」というブーメランで私に返ってくるのだった。

高校入試というものもあるわけだし、数学ってヤツと、少し距離を縮めてみようかな。
そう思い始めたのは、中2に進級して「三角形の合同」など図形の単元に入ってから。

パズルみたいでおもしろそうじゃないか!
と、2、3歩だけ歩み寄ったものの「図形の性質を利用した証明問題」に入ると、また居心地が悪くなる。
問題を解こうと、頑張ろうとしても、ムズムズするのだ。

心とか、頭とか、喉元、口元とか、幼いながらも私の思考とか感受性の中枢であろう部分が、
なんだかもう、とてもムズムズする。
(多分、まどろっこしい設問の文や条件の与えられ方に、少し、いや、かなり、イラっともしていた)

*

ムズムズの正体も原因もわからず、対処療法だけでなんとか試験も乗り切り、大人になった私が、
「図形の証明問題」にまた向き合うことになったのは、
10数年前。学習塾で講師のアルバイトを始めてからのことだった。

サトシは、塾に通い始めた小5の頃からノートの余白という余白に、星のカービィの絵を描いていた。
中学になってもそれは続き、ちょっと目を話すと、ノートの端っこにパラパラマンガの大作ができあがっていた。
本人は、遠い高校には行きたくない、自転車で行けるB校に行きたいという。
それなら、そろそろカービイは卒業して、塾に来ている間だけでも、もっと勉強に集中しようよ、と、
「カービィ禁止令」を発令した。

効力があったのは、その日だけで、次からは、エリザベスが余白を埋めるようになった。
エリザベスは漫画『銀魂』に登場するペンギンで、私も好きなキャラではあったので容認…
いやいや「ペンギンも禁止!」「全消しだ!」と消しゴムを渡しながらと第2令を発令すると、
ギャグ漫画で鍛えた「返し」のセンスで対抗してくる。

「生類憐れみの令!ペンギン憐れみの令!ペンギンを抹殺するな!」

*

そんな学習塾の教室での日々、数学の単元は、図形の証明問題に突入した。
サトシのシャープペンもいっこうに動かず、私は、できるだけ、本人が自分で気づくように、
気を使いながら解き方のヒントを与えていく。
とはいえ、結局、解答までの道筋をかなり誘導してしまい、本人の解く力はついてこない。
彼に伴走しながら、私もかつてのムズムズ感を思い出していた。

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例題
右の図で、AB =DC、AC=DB ならば、△ABC≡△DCBであることを証明しなさい。
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「意味ないよ、こんな勉強! 
 三角形エービーシーと三角形ディーシービーが合同であることを証明しなさいってさー、
 合同だってわかってるんでしょ? 
 それでいいじゃん、なんでわざわざオレが証明してあげなきゃなんないの?」

なかなか自力で解くことができない彼のこの言葉で、一瞬にしてムズムズの正体が解けた。

「結論が用意されている問題」に取り組む、という、居心地の悪さ。
「1つの結論にたどりつくためには、この道しかないでしょ、と、
 私とは遠いところで、いつのまにか仮定や条件も用意されている問題」に取り組む、という、身の置き所のなさ。

図形の証明問題は、おとな社会で生きていくための練習問題のようなものでもあったのか。

私は、いくつになっても、日々、ムズムズすることだらけだ。
それだけならまだしも、きっとどこかの誰かをムズムズとさせている。
それでもまあ、なんとか自分で、仮定も条件も結論も探そうとする努力を忘れていない分、
成長はしているのだと思いたい。
その後のサトシにも会う機会はないけれど(志望校へは合格した)
きっと、彼なりに楽しみながら日々の余白を、自由に自由に描いて描いて埋めていると思う。

簑田 理香

簑田 理香

熊本県生まれ、栃木県益子町在住。地域編集室主宰|益子の人と暮らしを伝える『ミチカケ』編集人。大学特任教員|学生とウェブマガジン作ったり、地域づくり系の授業を担当したり。地域活動|映画の自主上映会や暮らしまわりのワークショップやセミナーを企画・主催したり。

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たからさがし。

なんでAくんはBくんよりも20分も遅く家を出たの?
なんでこの2人が会える時間を計算しないといけないの?
なんでこの三角形は5センチメートルなの?

いいから!いいから!
とにかく、行きたい高校にいつか行けるように、今は問題を解くんだよー!

そんなことしか言えなかったわたしは、教壇に立つ資格なんてないと、教育実習のときに思った。

どうして誰でもできることを、特訓しないといけないんだろう。
それは、私だって幼い頃は同じ気持ちだった。
1つの答えを、よーいドンでみんな一緒に解き始める空間は、自分のことを理解できなくさせた。
なにが好きなのか、なにを身に付けたいのか、そんなこと気づくことなく、ただただみんなと同じ問題を、同じように解けるようになることを、目指していた。
やればできるんだ!と気づいた頃には、それが何の役に立つのかなんて見えるはずもなく。

おとなになって分かったことは、わたしの仕事は、
算数の問題と同じように、誰でもできることが多いってこと。
それは自分じゃなきゃできないことなんかじゃなくって、わたしの代わりに問題を解ける人はいくらだっている。
わたしよりも早く解ける人だって、わたしよりも綺麗に書ける人だって。
だけど、答え以上の価値って、生み出せるのかもしれない。

ノートの余白に星のカービィを書き続けるように、
算数でAくんとBくんの関係が気になってしまうように。
同じじゃない何かを、広げることができるのは、同じ問題を解いたから気づいたかもしれない。
同じじゃない何かを、広げることができたことを、同じ問題を解いたときに大切にするべきなのかもしれない。

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