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2F/当番ノート

祖父の宝箱

第37期(2018年2月-3月)

入院中祖父は宝箱の話をした。
それは、よくあるプラスチックの、書類や小物を入れるような引き出しだった。

そこには、若い頃に2年だけ入隊したという、警察予備隊時代の写真と、その頃を思い出して書いた日記と、その頃に友人からもらった手紙と、父が上京してから祖父に送った手紙と、昔祖母に買った指輪と、いつの間に撮ったのか、遺影用の写真が入っていた。

祖父が亡くなって、私たちはその宝箱を開けた。85年の人生で、宝箱に入れたものは、そんなに多くはなくて、でもその中で、20代の頃に少しの間だけいたという警察予備隊時代のものの割合が大きくて、彼の人生の中で、そのことが、とても大きなことだったんだと知った。

小さい白い飾りのついた指輪は、祖父が職場の旅行でオーストラリアに行った時に祖母に買ったものらしいのだけれど、喧嘩してイラついた時に、祖母はその指輪をポイっと放り捨てたという。なんて大胆。ゴミ箱から指輪を拾って、自分の宝箱に仕舞う、祖父の姿を想像する。
じいちゃん、ちょっとかわいそうだけど、なんだか2人らしくて、このエピソードが私は好きだ。そもそも、祖母は指輪なんてつける人じゃなかったのだけれど、それでも祖母に指輪を買ってきたというのが、こそばゆくて、かわいい。

祖父の葬儀では、色んな人に色んな祖父の話を聞いた。実は若いころはモテていたという話。こっそり取っていた昔の恋人からの手紙を、祖母に燃やされたという話。

私にとって祖父だった彼は、祖父になる前の人生の方が長くて、若い頃友達からは、ヤッチャンと呼ばれていて、色んな人に見せる色んな面があった。考えてみれば当たり前なのだけれど、子どもの私にはそれが想像できる隙間はなくて、彼は、やたらとおしゃべりでやたらと心配性の、じいちゃん、でしかなかった。

大人になるにつれて、祖父母や両親や親戚や、兄弟ですら、彼らの人生を少し遠くから眺める時、いつも、とても不思議な気持ちになる。そして、ぎゅーっとした気持ちになるのは、なんでなんだろう。

もっといい孫でいたかったし、もっとちゃんと話ができればよかった。
役者をしていることは、祖父に言えないままだった。心配させてしまうだけだと、思ったから。きっとじいちゃんが若い頃に挫折したり右往左往していたのと同じように、私は今、必死で右往左往しているのだと思います。

今のことを、私はこれからずっと先、どんな風に思うんだろう。いつか自分の宝箱を作ることがあったら、私は、そこに何を入れるんだろう。

祖父が大切にしたもの、生きる糧にしたものたちを思い出しながら、やっぱりぎゅーっとした気持ちになって、そしてなぜか、あぁ、私も、ちゃんと生きていきたいな、と思った。

鈴木 睦海

鈴木 睦海

1988年に、福島県白河市で生まれ、育ちました 今は東京で、役者というものをやっています

Reviewed by
猫田 耳子

学生の頃に“作品”としての写真を撮ることを覚えてしまったおかげで、“記録”としての写真をすっかり撮らなくなってしまっていた。何百回何千回と一眼レフのシャッターを切って、振り返る際にブレているもの・対象を捉えきれてないもの・美しいと思えないものはためらいなく削除して、最終的に手元に残るデータは大抵1/10以下。

随分年月を重ね、すっかり作品を作らなくなって、スマホで記録としての写真を残すようになって気が付いた。美しいものばかりが記憶に残るわけではない。ブレやボケ、撮り逃してしまった空間にこそいつの日か愛着が湧くこともあるってこと。いまの私には気が付かない宝物が、その汚れの中に潜んでいることもある。

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