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2F/当番ノート

重さの話

第40期(2018年8月-9月)

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じゅう・りょく【重力】
①地球上の物体に下向きに働いて重さの原因になる力。
 地球との間に働く万有引力と、
 地球自転による遠心力との合力。
②万有引力に同じ。

ふう・せん【風船】
①気球。軽気球。
②紙またはゴム球の中に空気・ヘリウムなどを入れて、
 それを手でついたり空中へ飛ばしたりする玩具。

-『広辞苑 第七版』より抜粋 -

風に舞うコンビニの袋

私は昔から、それを見ると
目が離せなくなる。
車が通り過ぎるたび、
意志があるかのように
何も考えていないかのように
空に向かってどこまでも自由に
風に合わせてひどく退屈そうに
すべてを忘れて袋は踊る。
その姿をいつも、
ただぼんやりと眺めていた。

内藤礼の展示で静かに漂う風船を見たとき、
私はそこに踊る袋に近しい何かを感じた。
だから私はその魔法を借りることにした。

この遊びに必要なものは
風船と紐。
紐はできるだけ細く透明なものがいい。
そのほうがおもしろいから。

膨らませた風船を紐に括り付け
天井から垂らす。
ただそれをじっと眺め、
そして世界と見つめ合う。

空気の詰まった不格好な球体は
はじめ、時間が止まったかのように
それがさも当然であるかのように
あらゆる法則を軽々と無視して
何もない空間に留まる。
しばらくすると目が慣れてきて、
風船の僅かな動きが見えてくる。
暑ければクーラーの風で
涼しければ網戸越しの風で
ゆらゆらとふわふわと
その物体は風に合わせて揺れている。

そんな様子をしばらく眺めた後に
視線をふと外へと向けると
いつもと違う景色が見えてくる。
ゆらめく風船の残像が残る目に
じっと動かないモノたちが鮮明に映る。

そうして私は遅れて気が付くのだ。
モノが持つそれぞれの重さに。
非現実的な存在を透かして
世界の誰もが知っている秘密と出会う。

地上に在るすべてのものに
重力は等しく平等に働きかける。
それは私たちが
この世界に存在していることの確かな証拠であり、
そして、この星が無条件に与えてくれる愛でもある。

風に舞うコンビニの袋や
漂う風船は束の間
私たちから重量を忘れさせ、
そして強く色濃くそのことを思い出させる。

世界は愛に満ちている。
ひどく重たい、星からの愛に。

さあ、明日は愛でも見に行こうか。

しえ

しえ

じゃあ、30分後にヨーカドー集合ね!

Reviewed by

問題です。次の哲学の○に入る言葉は何でしょう。「世界は○に満ちている。ひどく重たい、星からの○に。」正解は、シエさんの「重さの話」を読んでね。以下、ネタバレです。

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わたしが、あの人が、母が、海鳥が、ダンベルが、犬が、生きてるも生きていないも、すべてのものが等しく受ける重力という名の星の引力が、地球からの愛というなら、世界はまた違った色で輝く。重力に逆らって地球を飛び出た宇宙飛行士は、母の元を立ち、これから自立していく思春期の青年のようでいじらしく、お母さんのお腹の中の赤ちゃんが受けた二番目の愛は、きっと地球だ。
重力は、わたしたちをおそらく永遠に(そう、死んだ後も)捉えて離さないものだ。生まれた時からそばにあって、それがあるのが当たり前で、気づかないまま、死んでいくこともできる。
しかし、それに逆らうもの、重力が捉えられなかったものがある。ごく軽いコンビニのビニール袋や、風船である。風をはらんで上空に高く舞う、青々とした空に一点、透けるような白いビニールを見て、わたしたちは、そこでやっと初めてのように重力を感じることができる。「重力が適用されないもの」を見ることで、世界に適用されている重力が見える。
捉えて離さないものすべてを愛というのなら、わたしはいくつの愛を受けているのだろう。それを数えるのは、暖かくて、少しだけ胸がきしむ作業だ。

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