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2F/当番ノート

栞の話

第40期(2018年8月-9月)

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しおり【栞】
(「枝折」から転じて)
①案内。手引き。入門書。
②読みかけの書物の間に挟んで目印とする、
短冊形の紙片やひも。古くは木片・竹片などでも作った。

し・おり【枝折】
山道などで、木の枝を折りかけて帰りの道しるべとすること。

きおく【記憶】
①物事を忘れずに覚えている、または覚えておくこと。
また、その内容。ものおぼえ。
②生物体に過去の影響が残ること。
物事を記銘し、それを保持し、さらに後で想起すること。
将来の行動に必要な情報をその時点まで保持することも含む。

-『広辞苑 第七版』より抜粋 -

数ヶ月前、数年前。
昔読んでいた本を読み返そうとした際に
栞代わりに挟んだモノが出てきて
時間が戻ったような感覚に陥ることがある。

船のチケットやホテルのパンフレット。
少しくしゃくしゃになったレシートや
ビリビリに破ったメモ用紙。
春には桜の花弁を
秋にはイチョウの落ち葉を。

それらは私に
どういった状況で本を読んでいたのかを思い出させてくれる。

記憶とは猫のようなものだ。
覚えていたいことはいつのまにか忘れてしまうし
忘れたいことに限っていつまでも覚えていたりする。
思い出すタイミングだって融通が効かない。
心底たのしい気分に浸っているときに
どうしようもなく悲しいことを思い出して
涙が止まらなくなってしまうことだってある。

記憶の欠片があるのだとすれば
それはきっと、かみさまと同じように
なんでもないありふれたものに宿るのであろう。
そうしてふとしたときにその欠片を見つけた私たちは
ノーガードで抵抗もできぬまま
記憶の流れに飲み込まれてしまう。

たとえば私は、
パンザマストのメロディーを聴くと
笑ってしまうほど綺麗な夕焼けを思い出す。
小学生の頃、友人たちと鬼ごっこをしていた
放課後の校庭を、地面が今よりもずっと近くて
空がもっと高かったときのことを鮮明に思い出す。

音と記憶は密接な関係にあるのだという。
人は音と記憶を結びつけることによって
その当時を追体験をするように思い出すことができるのだそうだ。
そのことを知った私は音と記憶の遊びを始めた。

忘れたくない出来事が目の前で起こっているとき、
少しだけ意識を音に向けてみる。
それは異国で耳にする鳥の囀りかも知れないし、
家の洗濯機が回る音かも知れない。
イヤフォンから流れるお気に入りの曲のこともあるだろうし、
深夜に隣の部屋から聞こえてくる懐メロのことだってあるだろう。
なんだっていい。
着飾っていない音に意識を向けて、
自分自身にこう語りかける。
「私はきっとこのことを思い出す」と。

近くにある音を無造作に拾って
記憶にそっと挟み込む。

ニュージーランドにある
Island Bayという海辺の町で暮らしていたとき、
「私はきっとこのことを思い出す」と心の中で唱えながら
くるりの「五月の海」を何度も繰り返し聴いていた。
今でも私は元気がなくなったときには
この曲を聴くことにしている。
波の音と共に耳に流れ込んでいたその歌声が
いつでも私をあの海辺の街へと連れて行ってくれる。
深く何層にも重なった青い海。
水面で踊る光の粒。
砂浜を駆けるどこまでも自由な犬たちと
風に運ばれて微かに香る花の匂い。
そうして凪のようになだらかだった自分の心を思い出す。

記憶の欠片が宿る音はもしかしたら
綺麗なものばかりではないかも知れない。
格好悪いものだったりもするだろう。
それでもいいし、そうだからいい。
いつかどこかでその音を聴いた私は、あなたは、
その思いがけない繋がりに困惑しながらも
それらをきっとたのしむのだろうから。
そんな記憶にひょいと簡単に救われたりするのだろうから。

さあ、明日はどんな栞を挟もうか。

しえ

しえ

じゃあ、30分後にヨーカドー集合ね!

Reviewed by

去年の秋、ドキドキするコートを古着屋で見つけた。それはボタンから裏地までぬかりなく水色で、まるでプールの底から空を見上げた時のような丁寧さだった。店内でもひときわ目立っていたそれを手に取り、試しに着てみる。笑ってしまうぐらい体にぴったりと合っていた。私は試着室の中で、自分を鏡にうつして笑ってみた。小さく回ってみたりした。その水色がどうしようもなく嬉しかったのだ。ウエストの両側にポケットがついていた。両手をそれに入れてみる。すると、右手の指先がかさかさした何かに触れた。そっとつまみあげてみると。
5年前の植物園の入場券の半券だった。
その紙切れは、昨日行ってきたみたいにきれいなまま、角が尖ったまま、ポケットに入っていた。私は思わずニヤッと笑ってしまった。そうかあ、この人は、5年前にこのコートを着て植物園に行ったんだ。へえ、いいなあ。イチョウの黄色に水色が映えただろうなあ。誰と行ったんだろう。恋人かなあ。うん、恋人な気がする。チケットもコートもすごくきれいだから、きっと几帳面な人だったんだろうな。あ、でもなんで取り出すの忘れちゃったんだろう。おっちょこちょいだったのかな。ああ、なんかすごい、彼女の笑顔を想像できるな。これを着て、植物園に行ったのか。
5年前の、今頃。
その瞬間、涙が出てしばらく涙がとまらなかった。

第7回は栞の話です。
そう、記憶は猫みたいで。思い出したくても思い出せないことばかり、そしてその逆ももちろんあって、さみしいなと思います。自由に再生できたらいいのに。そんなどうしようもないと思っていたことに、「音」の提案をシエさんはします。なるほど、これはいいかもしれない。

例えば街中でふとその音楽が流れる。耳にした時、その音楽は記憶を引き連れて、ただ一つの私だけのものになる。うふふ。なるほど、これはいいかもしれない。

そうして自分に幸せな呪いをかける。「私はきっとこのことを思い出す」。忘れたことさえ忘れるなんてことがないように。いつでも引き出せるようにして。記憶が迷子にならないように、音と結びつけて。チケットと結びつけて。誓いと結びつけて。

色。雨。重さ。翻訳や写真。そして栞。いつでも私たちは簡単に幸せになれるということ。

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