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2F/当番ノート

子どもを愛するってのはね、親に縛りつけないってことなんだよ

当番ノート 第44期

――マリさんが家出をしたのは?

10年くらいかね。

――そのあいだに連絡は?

ない。一回も。マリからはもちろんこない。俺からもしなかった。

――心配ではなかったですか?

心配、心配ねえ。頭の片隅にはいつもいるよ。元気にしてんのかなあって。ただまあ、何も連絡が来ないってことはどっかで生きてんだろうなって。

――マリさんは出ていくとき、何か残しましたか。手紙とか。

何も残さねえよ。前の日の夜に喧嘩になって、マリがすげえ目で俺見てさ、「お前なんかとは縁を切る」って言ってきてさ。で次の日、もういなかった。服とかの荷物がなくなってたから、まあ本当に出てったんだなって。

――それから、10年。

そ、10年。

――10年間で、何か考えが変わったことは?

ないねえ。全然。マリが心配じゃねえのかとか、父親失格だとか、色々言われたけど、俺は今でもやっぱり間違ってねえと思うよ、マリの育て方。

――マリさんの育て方。

そう。何を考えて、マリのことをどうやって育ててきたのかってこと。至ってシンプルよ。でも俺のやり方が気に食わねえってやつは多い。だから親族中から散々陰口叩かれてさ、マリが出てったあと。あいつら親なら目に見える形で子どもに愛情を注ぐもんだって決めつけてる。馬鹿じゃねえの。大事大事に可愛がるのが親子の形だって思い込んでるんだよ。

――あなたは、目に見える形でマリさんに愛情を注ぐことはなかったんですか?

どうだろうね。言葉では伝えてたよ、俺はお前が大切だって。でも猫可愛がりしたり、お前のためを思って、みたいな言い方で何かに口出ししたりは一切ない。過剰に褒めもしない。マリにばっかりかまわない。そういうふうにはしないってマリが生まれたときに決めてたから。

――そういう愛し方をあえて避けたのは、なぜ?

自分の子どもを愛するってのはね、親に縛りつけないってことなんだよ。親が褒めてくれるからこれを頑張るとか、親に怒られるからこれはやらないとか、そんなのどう考えたっておかしいだろうが。子どもは親のもんじゃねえし、親が良いとか悪いとか言うことをマトモに信じなくて良い。親の価値観に染まっちまうわけだから。怖いのは、染めてやろうなんて思わなくても、親子っていうだけで気をつけてないと自然と子どもが親に染まっちまうところだ。しかも子どもは親を選べねえ。だから俺はマリが生まれたとき、マリには絶対にそういうことをしないよう、マリが自分でなんでもマリの考えややることを選べるようにしようって決めたんだ。それが俺の愛情の注ぎ方。

――具体的にはどのように「愛した」のですか?

自由にさせるの、マリを。出てったあとに追いかけたり連絡しなかったりしなかったのも、マリを自由にさせることが一番俺にとって大切なことだったから。あいつがやりたいことをやらせる。マリが選んだ道をマリのやり方で全うさせて、その責任ももちろんマリがとる。絶対手出し口出ししない。そういうやり方でマリのことを尊重してるって伝えてたの、ずっと。

マリがな、一回すげえグレたことがあったんだよ。髪染めて煙草吸って酒飲んで補導されてさ。15だったか、それくらい。でも俺はそのとき怒りもしなかったし、マリのやったことに対してどうこう言いもしない。悪い仲間と付き合ってんのかとか、そういうことも聞かない。

――マリさんは、あなたの愛し方に対してどのような反応を?

マリは俺のそういうところが徹底的に嫌いだったね。だから家出したようなもんだよ。

――そのような愛され方に苦しさを感じていた?

そうな。わかりやすく可愛がられたかったんだろうな。「普通のパパみたいにしてほしい」ってよく言われたね。俺が「普通のパパって何だ?」って言うと黙り込む。俺は本当に分かんなかったんだよ。マリの言う普通って何だ? マリが分かりやすく可愛がられることを望んだとして、じゃあそれをやってマリは本当に幸せになるのか? 俺はどうしてもそうは思えなかった。

――子どもが求める愛し方をしないことに対して、あなた自身が苦しさを感じたことは?

迷ったよねえそりゃ、最初はね。でもね、俺のすべきことはマリの期待に応えることじゃねえんだよ、やっぱり。俺がマリにやってるように。マリに好かれる、マリの思い通りの愛し方をしたとして、それでマリは満足するかもしんねえけど、それはやっぱりどうなんだ?って思うわけよ。マリのしてほしいようにしてやること、それを俺が与えてやる側に回ってしまうこと。それは子どもを愛しているように見せかけて、一番やっちゃいけねえことだろ。

Reviewed by
kuma

双方が認めたものだけが愛、ではないかもしれないからこそ、愛はむずかしい。伝わらなければ空虚だと、どこまではっきりと言えるのだろうか。

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