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2F/当番ノート

他の生き物のために生きること。

当番ノート 第46期

約3年前、猫を飼い始めた。わたし自身、当時は犬派だったが、当時のパートナーの希望で猫の兄妹2匹を迎え入れた。

小さい頃は、柴犬を飼っていた。わたしが生まれるよりも前から飼われていた“雅歌”という犬で、母がとてもとても可愛がっていたのを覚えている。それでも動物とは生活圏を分けるべきだという考えがあって、その犬はいつも屋外の犬小屋にいた。

そう思うと、ずっと家の中にいる猫との暮らしは、自分のなかにあるペットとの暮らしの概念を突き崩すものであった。高い場所にも登ってしまうので、食卓にも平気で上がってくる。布団にも潜り込んでくる。他の猫と暮らしたことがないので比べようがないが、トイレに行くだけで大騒ぎする我が家の猫たちは甘えたがりで人間にべったり、とても気まぐれでツンデレという猫のイメージには当てはまらない。
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パートナーとは別れても、猫との暮らしは続く。人間でも生きていくのが難しいこの世界は、動物が自力で生きていくには過酷すぎる。気ままな野良猫暮らし、なんて聞こえはいいけれど、都会は危険だらけだろう。人間の意志で飼い猫として育てたのだから、最後まで守り抜かなければならない。そう思うと、ひょんなことから共に暮らしだした猫たちは、子供もいないわたしにとっては唯一の守るべき存在になった。

不思議なもので、自分ひとりだと綺麗にできない部屋も、猫のためだと思うと毎日それなりに気を使う。夜中に飲みに生きたくなっても、猫の顔をみると一緒にいてあげたいなと思って留まる。自分は自由奔放で気ままなのが性に合っていると思ってはいても、自分のためでなく他の生き物のためにと思うと、こんなにも生活は変わる。

よく、子供がいないと一人前になれない、経験として子育てをした方がいいというような言い方を耳にする。31歳独身のわたしは、結婚や出産を勧められることもある。わたし自身、強い意思提示をしているわけではないが、結婚はともかく子供を持つことは自分の環境を考えるほどにライフスタイルとして想像できないでいる。種として、社会人として、子供を育てる経験が“ちゃんとした大人”になるためのイニシエーションとして語られることは、子供を望んでも持てない人もいるなかでつらいことだ。
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それ以上に、自分と猫との暮らしを考えると、守るべきもののためにきちんとしようという積極的な責任感よりも、「死んじゃったら困る」という消極的な責任感の方が大きいので、そんな自分は子供を産んだとしてもそんなにちゃんとできるのだろうかとも実は思っている。猫と人間は違うともちろん言われるだろう。けれども、そんなたいそうな心構えが必要なら、なおさら気後れしてしまう。

そしてわたしがいちばん恐れているのが、自分自身が「子供がいないから、必要な社会経験をしていない」とアノニマスな批判を内面化してしまうことだ。ひとりで飲むのが好きなわたし、バーで出会う先輩の女性たちのなかには、とても素敵な人なのにそんな気持ちをこじらしてしまった人も少なくない。なので、わたしは胸を張って、猫たちのために生きていると言おうと思う。実際に自分自身が責任を持って養わなければならないという気持ちは猫に対してでも確かにあって、実際に先日、飼い猫が立て続けに入院して80万近い医療費がかかったことは、仕事を頑張るモチベーションのひとつだ。

社会的な規範は、“立派な人間”になるためには大切なのかもしれない。でもわたしは、“立派な人間”にはなれていない。なので、社会的な規範を意識してアノニマスな批判を内面化して蝕まれてしまうなら、非常識かもしれないけど堂々としていたいなあと思っている。猫たちはかわいい。全身全霊をかけて守ってあげたい。なのでまあ、子供がいなくても他の生き物を守るために頑張るという経験はできているような気もするし、これでもいいじゃない?と気楽に考えていこう。

誰かと生きることは難しい。それは人間でも、動物でも。誰かを守っていくことはもっと難しい。猫との暮らしがわたしを成長させたとはそんなに思わない、相変わらず自堕落な自分のままだけれど、2匹の愛すべき生き物のために、今日も頑張って生きていきたいと思う。
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藤嶋 陽子

藤嶋 陽子

研究者。
文化社会学・ファッション研究。
株式会社ZOZOテクノロジーズ(ZOZO研究所)・所属。東京大学学際情報学府博士過程・在籍。
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1988年山梨生まれ。フランス文学を学んだ後、ロンドン芸術大学セントラルセントマーチンズにてファッションデザインを学ぶ。帰国後はファッションにおける価値をつくるメカニズムに興味を持ち、研究としてファッションと向き合うように。現在は、ファッション領域での人工知能普及をめぐる議論や最先端テクノロジー研究開発にも携わるように。
26歳で35kgの大幅減量を経験、自己像や容姿との戦いは終わらない。猫2匹と同居中。

Reviewed by
藤坂鹿

頬を抱く風。見知らぬ他人の親切。水彩絵の具のにじみ。日々の愛はさまざまなかたちをして現れる。いまそれは、わたしのそばで、猫のかたちで寝ているらしい。

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