クロールの息継ぎは、難しい。
ブクブクと泡を立てて息を吐いて、顔を横向けて息を吸って、足はばたつかせながら、手は回しながら。
なんてマルチタスクをしているんだろう、と思う。
現代の世の中もそんな感じだから、しんどいのかもしれない。
生きているのが当たり前の世界、浮き袋を持っているのが当たり前の世界。
誰だって生きづらさを感じているはずなのに、誰もが隠すのはどうしてだろう。
見えやすい砂袋を持った人々だけが取り上げられ、透明な水が入った袋を持った人々は淘汰される。
どちらも、いや比べられないけれど、苦しいはずなのに。
砂と、水と、空気。
砂は水と混ざって泥になる。見えやすくなった泥の袋は、誰かによって引き上げられる。
砂を入れまいと足掻く人の袋は透明のままで、周りと同化してしまう。
どうしようもないけれど、どうにかしたいと思う。
泡だけになって浮かぶ声。
叫べば叫ぶほど、体の空気はなくなっていく。
手を伸ばしても、全然届いてくれなくて。
誰にも気づいてくれない、そんなときがあるのではないか。
それが、袋に入る水なのかもしれない。
周りと同じ色をしていて、何かを反射するから、完全に見えていないわけではないけれど
なんだかそれを自分ですら、なかったことにしてしまうのではないか。
本当は重くて仕方がないのに、見えないものにしてしまうのではないか。
見えなくても、叫んでいいんだ。
辛いなら、辛いって叫んでいいんだ。
その袋が透明でも、浮き袋に見えたとしても、それが本当に浮き袋でないならば
誰かに助けを求めたっていいんだ。
誰かに気づいてもらえないなら、誰かに助けを求めたっていい。
浮き袋になるまで袋をひっくり返して、そうしたら中身が溢れて、誰かが気づいてくれるかもしれなくて。
それも重くて出来ないなら、ただ揺られて沈んで、そうしたら誰かの網にかかるかもしれない。
だから、今は浮き袋を破ることだけは、やめてほしい。
それは命を終わらせてしまう行為になってしまうから。
浮き袋は、案外強くて、そして脆い。
あなたの袋は、あなただけのせいじゃない。