絵を描くことに出会った頃、初めてかかった胃腸の病気の病み上がりだった。
医者からは軽度だからと入院せず自宅療養をしたが、数日間の絶食と数週間の流動食生活はなかなか堪えた。
何よりも、病気になってからは体質が根本から変わりはじめていて、
それまで食べていたものを受け付けなくなっていた。
おいしいと思って連日買っていた職場近くの弁当屋の定食が、おいしく感じられなくなっていた。
添加物の入ったお惣菜のお肉や、甘いスイーツを食べると、胃がキリキリと痛んだ。
コンビニで売られている加工食品は、一口食べただけで気持ち悪くなって残した。
胃が何を受け付けてくれて、どうすれば栄養をとれるのか分からないまま、体力も体重も落ちていって、
変わりはじめた身体との付き合い方が分からず困り果てていた。
その一方で、自分の心が求めていることは、シンプルに湧いてくるようになっていた。
都会暮らしの中で求めていた、ちょっとした癒し程度の自然ではなく、
本物の自然を もっと近くで
感じたい。
そして、都会の流れ作業のようなコミュニケーションや上辺っぽい物事から離れて
人との血の通った触れ合いがある所へ近づきたい。
日に日に増していくそんな思いの行き先を求めて、
パソコンを開いて田舎の民宿や農家民宿をやっているサイトをあてどなく眺めていた。
そんな時、一つの宿の写真が目に止まった。
山や森、川に囲まれて佇む古民家。
春夏秋冬、季節の移り変わりとともにある暮らし。
自然と触れ合う人たちの温かい表情。
京都の綾部という地域にあるゲストハウスだった。
“「可能性を信じる」ことをコンセプトに「前向きに楽しく生きる」ことを体現する。”
その宿が掲げているミッションと写真の様子から、
ただの宿泊施設ではない、何かがあると直感した。
そのゲストハウスのオーナー夫婦の笑顔に誘われるようにして、私はその里山を訪れていた。
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そこでは、大自然に囲まれて人々が暮らしていた。
初めて訪れたのに、どこか懐かしさを覚える、のどかな風景。
到着した時から、安心感に包まれていた。
余分なものが、ゆっくりと剥ぎ落とされていくようだった。
朝、鳥のさえずりとともに起床する。
ベッドで目覚めた瞬間から、鼻先に透き通った自然の空気を感じられて、体の調子が良かった。
ご夫婦が作る、自然の恵みが生かされた手料理は、すっと喉を通って胃にやさしく広がっていった。
移住して暮らすご家族や農家のおばあさん、同じように何かを求めてやってきた旅人たちとの触れ合い。
大自然や野生の動物たちと、隣り合わせに営まれる暮らし。
そんな中で過ごしていると、
大人になってどこかに置き忘れてきた自分と再会をしてるような、
本来の自分自身に還っていくような、不思議な感覚を味わっていた。
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都会での生活は、面白いことや刺激に溢れていたけれど、
いつも何かを必死に追いかけているような、
その結果何かに追われているような、そういう感覚がずっとあった。
でもここへ来て、
初めて心が豊かな暮らしというのを体感して、
ただ癒されるとか、そういうことだけではない、
自分のこれからの道しるべとなるものをもらえたような気がした。
帰りの新幹線。
里山から遠ざかっていく中で、
出会った人たちとの温かい触れ合いや、自然と人が共存する里山の暮らしを思い返し、
これまで自分を小さく封じこんでいた枠組みが壊れだし、自分の内側から何かがとめどなく溢れてきて、
涙が止まらなくなっていた。
これからどうやってまた都会暮らしに戻っていけばいいんだろう。
この思いをどう消化していけばいいんだろう。
ふと、絵を描いている時の感覚を思い出した。
直感で感覚を表していく、自由な開放感。
自分には、出会ったばかりだけど、絵という手段があるじゃないか。
この体験を、思いを、絵にしてみたい。
東京に帰ると、私は絵を描くアトリエを探し始めていた。