ほぼ毎日「誠に申し訳ありません」と書かれたメールを、両手では数えきれない数送っている。タイトルはそんな私のお気に入り謝罪文のうちのひとつである。
ちょっとした食い違いなどが起きてしまったり、名前を打ち損じていたり個人的に「危険度中」認定レベルの事態に使われている。メールを打ちながら自然と眉間にシワが寄って、送信ボタンを押す時には無意識に息が止まる程度のそれ。
あまり行き届かない人間であるために謝罪する機会は周りに比べて圧倒的に多く、お陰で「誠に申し訳ありません」は予測変換を使って「ま」「も」と打つだけ、1秒で完成してしまう。都度誠意を込めているつもりでも、大量生産されてしまっていることは隠せない。
タイトルのフレーズは(こちらの不手際によって荒ぶるお心についてもきちんと考えてるんですまじで本当にごめんなさいミスってごめんなさい怒らせてごめんなさい)を見られる形に整えた、くらいのものだろうか。
本格的な謝罪人生の幕開けは、運動神経など微塵もないのにバスケットボール部に入部してしまった中学時代。
チームスポーツにおいて、1人がミスを重ねまくることはとてもよくない。チームの士気は下がり、顧問は怒り狂い、部活を終えたあとの更衣室は気まずくなる。
女バスの顧問は学校内でも断トツに怖かった。手や足が出るのは当たり前。勝手にしろ! と教官室に閉じこもるのも日常茶飯事。ブチギレて練習を放り出しバイクで去っていく先生を、シューズのまま道路まで追いかけたこともある。
なにより怖いのがサシでのお説教だ。個人向けにあつらえた、とっておきのお怒りの言葉が遠慮なしに飛んでくる。そんな状況でへらへらしていられるわけもなく、泣きながら訥々と言い訳なんだか主張なんだか分からん事を述べていた。
卒業後、部員はまったく別の進路を歩み、私は教員になるために大学に通いはじめる。
「そういやさ、○○先生がちゃんと謝ってたのコトだけだったって褒めてたよ」
かつてのチームメイトがお茶を飲んでいる時にぽろっと漏らした。
彼女は母校でコーチをしており、区内の大会で元顧問と会ったのだという。当時の話をしていた時、私の怒られの話になったらしいのだ。
「……え、みんなどうしてたの?」
「とりあえず『すみません』て連呼してた」
クソ真面目に「至らぬ点」にきっちり言及してぶん殴られていたのは私だけだったようだ。キャプテンを務めていた先輩方も「申し訳ありません」で時が過ぎるのを待つ戦法をとっていたらしい。
一瞬腹の底にぐらっと煮えるものを感じたが、怒られ方を褒められるってなんだかなあと気が抜けてしまった。
「でさ、コトの実習先にいま○○先生いるよ」
その年、私は教育実習を控えていた。通例母校に受け入れを申請するのだが、運悪く中学高校どちらも廃校になってしまっていたため、都に受け入れ先を見つけてもらうことにしたのだった。
幼なじみからもたらされた衝撃的過ぎる情報。異動先なんて死ぬほどある東京で、こんな偶然があってたまるか。粗相があれば殺されかねない。「私が生きて帰ってくることはないと思ってくれ」と幼なじみに言い残し実習前挨拶に行くと
「スズキさん、○○先生の教え子なのね!」
すでに校内に知れ渡っていた。少々珍しい字面をした名前のおかげで、すぐに実習生が私だと分かったとのこと。
実習が始まれば生徒達にもその事は明らかになり、大人しそうでなめられがちな実習生は一部の生徒から「地獄の説教からの生き残り」としてこっそりと尊敬されていた。
無事実習を終えて大学卒業、これまた頻繁に私を詰めていた高校時代の顧問と食事をした。
「(私は)他の子より叱りやすいんだよ。ごめんね」
と謝られたことがある。
その先生は「私を詰めすぎて他の先生に怒られた」らしい。類い稀なる怒られ体質は、知らぬところで他人の怒られまで引き寄せていた。