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2F/当番ノート

ハローワークと正負の数 

当番ノート 第61期

晴耕雨読な日常を欲している。今の興味は数学と英語の勉強と、農業に注がれている。新鮮さと驚きを持ってこの変化を楽しんでいる。

ゴリゴリの私立文系脳だったので、理数系から逃げられるだけ逃げて生きてきた。因数分解、二次関数からしてきつかった。高校数学の範囲になると言わずもがな、授業は黒板を見つめてノートに書き写す作業となった。数学を取らなくてよくなった時には教室のゴミ箱に教科書を捨てるという奇行に出るほど苦痛でしょうがなかったのに、大人になった今になって一般向けの解説書を手に取っている。

高校生の時は義務教育のやり直し用の教養本など小馬鹿にすらしていた。時の流れは人を変えるものだと開き直ればいいのか、なりたくない大人になっちまったことを自嘲すればいいのかわからないが、正負の数からやり直す数学はかなり楽しい。脳の向き不向きが変わったわけではないので、やはり不得手な分野ではあるのだが、わからないことをわからないまま何回も同じ場所を読み返したりする粘り強さが生まれた。ここまで生きながらえてきたことで身についたものだろう。

勉強の味がわかるようになったとでも言おうか、惜しむらくはその好奇心が現役の時に発揮されなかったことだが、今ならテクニカルに積み重ねる受験勉強の中から世界の鮮やかさを自分の手に取り戻すような再構築ができるのではないかと思うのだ。

調子に乗った私は勉強アカウントなるものをTwitter上に開設してみた。若い現役の子と相互フォローになったと無邪気に喜んでいる今年27歳である。今のところ毎日更新して、少しずつ勉強を進めている。大学に行きなおすのが目的だが、私は気が変わりやすいのでこれからどうなるかはわからない。

受験勉強は終わりとやることが明快でとても良い。問題は社会復帰の方で、週2半日までの就労が主治医から許可されたものの、どうしていいのかわからないでいる。当然だが、どれだけ合格点に近づこうとも、入学金などの学費が払えないと大学には行けない。現在生活保護受給中で貯金などほぼゼロに近い私は、マイナスからのスタートになる。その上、生活保護をもらっているままだと入学も許可されない。受給世帯の子供が大学生になる場合、世帯分離をさせるのが一般的だからだ。そもそも生活保護受給者は大学に行くことが許されていない。放送大学などは受給していても許可されるらしいが、私はできれば通学したいので、体力、資金、学力、全部揃えるには長い道のりになるだろう。

失った青春を取り返すかのように勉強マシーンになりたいのが本音だが、社会で宙ぶらりんになった無職にそれは許されない。ハローワークという現役生にはない手札を持ちながら、夢見がちを少しでも抑えているのが現状である。

滝薫

滝薫

ライター兼福祉の仕事がしたい人。アロマと料理と編み物が趣味というナチュラル丁寧加減ですが、本人は結構辛口です。

Reviewed by
スズキコトハ

私も数学の教科書真っ先に捨てたなあ。滝さんのエッセイには「なりたくない大人」という言葉がちらほら出てくるが、大人な部分もまだ未発達な部分も誰しもが持ち合わせていて、その乖離に気づいてしまっているから「夢見がち」なんて言葉が出てくるのではないだろうか。もやもやしている時に解が一つである数学は解いていて救われるような気分になりそうだという気がした。現実が見えているからこそ、大学入学への道は遠くとも心の中に目標として持っておくのはなんら悪いことではないと思うし、だからこそマイナススタートの自分を認めているように思えた。

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