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2F/当番ノート

怠惰とせっかちとモラトリアムの関係性

当番ノート 第61期

元来、怠惰な性質を持った人間だということに気付きつつある。病前性格を考えても、勤勉さからは程遠いようなサボり魔だったのに、私は自分のことをできるやつだと思っていたらしい。実際、躁状態にはキマってしまうのでなんでも軽くこなせる。サボった分を爆上がりの一時的なエネルギーによって補ってきた人生だった。

しかし、躁状態をコントロールすることを覚え、高揚感に身を任せることがなくなった今、一夜漬けによって定期テストを乗り切るみたいな物事の対処の仕方ができなくなっている。試験のようなわかりやすい課題解決よりも複雑で時間がかかり、正解が存在しない問題に直面しがちな年齢に差し掛かっているということも大きい。一瞬の煌めきで突破できることではなくなっているのだ。

社会復帰が私の目下の課題だが、就活ほど人によって言うことが違うこともないだろう。自分の軸が定まっていなかったり、感情によって軸が揺れ動いたりすると、相談すればするほどわけがわからなくなる。結局決断するのは私なので、一意見として聞いておく、くらいの態度でいればいいのだが、全てを真剣に検討しているので混乱している現状である。

支援者は、どうなりたいかわからないのは準備ができていないから、と言う。長く働くなら心と体の両方の準備が必要だ。本当に納得していないと仕事は続かない。いろんなものを見て何が合っているのかを考える時期なんじゃないかなあ、と言う。

ごもっともな意見だ。しかし、私は社会にふらりと出て、何者でもないままふわりと目先のものを追って生きている。ここ4年ほどそんな生き方をしている。ライターになりたいと最初は言った。その目標を果たすため動くことに心から納得していた時期もあった。でも、その職業を諦めた今は設計図が存在しないのにブロックをただ動かしているような心許なさが大きく、焦りばかりが広がる。モラトリアムはもう十分だ。

もう今年で27だ。もし大卒で就職していたら中堅どころになってきている頃だろう。そんな時期に私は未だ職歴らしい職歴がなく、体力作りやリハビリから始めないといけないという事実が重い。

私が怠惰なのは、せっかちだからだと思っている。すぐに楽しいこと、ご褒美が欲しいのだ。テスト勉強を放棄して漫画をたらたら読んでいたあの頃と本質は変わっていない。大局を見ながら積み重ねるべき今を選択できない。27歳ならこれくらいの社会的地位と収入がないと嫌だとか、リハビリなんてしてらんないとか、コツコツを省いて結果だけを手に入れたいとか、だらしないことを考えている。

本当はもっと図太くのんきにゆっくりのんびり進んでいけばいいのだ。あるべき27歳とはかけ離れた自分の経歴はもう変えられないのだから、開き直って私のペースを守っていく。そして惨めであっても着実に、今できることを積み重ねていく。怠惰でせっかちな自分とうまく付き合いながら、少しでも納得できる未来を探す。

滝薫

滝薫

ライター兼福祉の仕事がしたい人。アロマと料理と編み物が趣味というナチュラル丁寧加減ですが、本人は結構辛口です。

Reviewed by
スズキコトハ

かく言う私も、自分以外の人間はみな勤勉で優秀だと思い込んでしまう。もちろん滝さんが書いている怠惰さを持ち合わせてしまっているがゆえなのだが、だらしないくせに人と比べては落ち込んでいる。躁うつの波に身を任せることなく物事にあたっているのは大成長なのではと思う一方、ブーストをかけられないのはそれはそれで厄介だろう。
社会復帰はステップバイステップなのは滝さん自身が一番理解しているはず。でも準備段階で急いてしまう。つい完成版の自分を求めてしまう。でもこれって誰もがどこかで感じていることなんじゃなかろうか「努力も才能のうち」なんて言葉を軽んじていたが歳を重ねるほどに骨身に染みる。

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