入居者名・記事名・タグで
検索できます。

2F/当番ノート

Weekly Movie Pamphlet Report #1

当番ノート 第62期

劇場で映画を観ることが好きだ。

もっというなら、鑑賞直後に映画パンフレットを読むことが好きだ。
できるならロビーそばの椅子やソファーがいい。スクリーンがひらくのをそわそわ待っている人、満足そうに劇場を出てゆく人、不満げな表情をしている人……ざわめきが多いところであれば、なおいい。ほとんどの場合、パンフレットは映画館しか売っていない。それも対象作品が上映している期間だけである。パンフレットを買うことでその特別な時間・空間に参加していたんだと、目に見えるかたちで持って帰ることができる。映画パンフレットが好きだ。

どんなパンフレットであれ買うようにしているのだけれど、そのなかでも、ことさらデザインが素晴らしいものに出会うことがある。パンフレット自体の形はもちろん、紙や加工、写真の見せ方や文字の大きさ、ひいては映画に対する解釈など、この1冊を仕上げるためにデザイナーがどれほど細部にこだわったのか、世に送り出すために行われだであろう戦いを想像してしまう。

そういうわけで、私が手に入れた映画パンフレットのなかで「このデザインは素敵だな〜!」と思うものを毎回いくつか紹介したい。させてください。私自身がブックデザイナーとして働いているので、すこしばかりニッチな視点になることもお許しくださいませ。紹介するパンフレットは映画の内容に絡めたデザインもあるため、内容に触れる記述が多分に含まれます。あらかじめご了承ください。


今回は2021年から2作品。

『花束みたいな恋をした』

駅で終電を逃したことをきっかけに出会った麦と絹。お互いに音楽の好みや趣味が同じことを知り、すぐ恋に落ちる。大学を卒業してフリーターをしながら同棲生活をスタートさせ、はじめのうちは日々を愛おしんで暮らしていたものの、ふたりでの生活を続けるために就職活動に励むことになり……という感じの内容。

個人的には2021年を代表する1冊。
デザイナーは石井勇一。映画の話題も相まって、パンフレット自体とても注目された(と思う)。

「菅田将暉の演じる、イラストレーターを目指していた麦くんが使っていたスケッチブック」がコンセプトなので、中身のいたるところに麦くんの落書き風のイラストが載っている。空いたスペースはもちろん、写真の上にも描き込まれており、麦くんがあの頃を思い出しながらアルバムとしてまとめている感じ。描いているのは映画本作でも実際にイラストを担当した朝野ペコ。いちど誌面として組んでから朝野ペコに渡し、隙間にイラストを描いてもらってからデザインを仕上げたと思われる。手間のかかる仕事、最高!

イラストを含め、本文は濃い赤と濃い青の2色刷り(※1)で、麦くんが劇中に使っていた赤青鉛筆をほうふつとさせるし、内容自体も充実している。ふたりが暮らしていた部屋の間取り図、本棚に並んでいた書籍を考察するコラム、脚本を担当した坂元裕二へのロングインタビューなどたいへん読み応えがある。また、他のパンフレットにはない特徴として、劇中にも登場したアイテムが挟み込まれている。“いけなかった天竺鼠のライブチケット”や“ふたりで観劇したかった『わたしの星』”のキーアイテム、途中のグラビアページにはふたりで撮り合ったチェキなど、このパンフレット自体が映画の補助線を引くよう。本当に最高!!

なにより唸ったのは背のクロス紙(※2)!!! このパンフレットは平綴じ(※3)で、本来なら背にクロス紙を貼る必要がない。わざわざ製本テープで綴じているように演出することで、バラバラだった紙をひとつにまとめているように見せ、お手製のアルバムたらしめている。とても贅沢な仕様なのでふつうは採用されないはず。こだわり、そして戦いの跡である。拍手。

※1)一般的な刷り物はフルカラー(4色刷り)か1色刷り。
※2)全面に唐突の模様がついた加工紙。布や革の風合いがある。大学ノートの背部分を想像してもらうとわかりやすいかもしれない。
※3)針金を使って紙の束をまとめ、背に糊を付けてから表紙を貼り付ける製本方法。週間スピリッツや週刊モーニングといった、真ん中にホチキスがついている書籍は中綴じと呼ぶ。


『Summer of 85』

16歳のアレックスはセーリングの最中に嵐に遭ってヨットが転覆するが、たまたま近くを通りかかった18歳のダヴィドにより救助される。その後仲を深めていく2人の関係性はやがて恋愛に発展し、ダヴィドは「どちらかが先に死んだら、残された方はその墓の上で踊る」という誓いを立てるが……という感じの内容。

2021年は石井勇一の年だった。
上で紹介した『花束みたいな〜』以外にも『ライトハウス』のパンフレットも最高。いずれそれも紹介したい。

さて『Summer of 85』は角2サイズ封筒、パンフレット本体、ポストカード4枚で1セットである。そもそもお得すぎる。コンセプトは「海のそばでマリンショップを営む、ダヴィドの店で取り扱っていそうな一式」。ポストカードの裏面と封筒のフラップ部分の封緘シールには、ダヴィドが営むマリンショップの店名「LA MARINE」の文字もある。最高!

透け感のある黄色の封筒は一見するとトレーシングペーパーのようだが、実際は全面にロウ引き加工(※4)。撥水性があるのでマリンショップの売り物感が生まれ、シワや折れ目といったヴィンテージ感が1985年(※5)を表現するのにひと役買っている。また、先ほども触れた封緘シールにはバーコードも刷られている。すごい。これはすごいことだよ。

バーコード関連はかなり制約が厳しく、ふつうであれば雰囲気が壊れたとしても封筒本体に印刷することを求められる。このロウ引き加工ならオペーク白(※6)も使うはずなので、予算はかなり上がるし見た目も台なしになる可能性が高い。それをバーコードを変形しつつ、封緘シールをショップのステッカーに見立てたデザインにすることですべて解決している。ふつうにこれからの参考にしたい。鮮やかな手腕!!

パンフレット本体はシンプルな中綴じかと思いきや、よく眺めると地に入っている紙の日焼けがページによって異なっており、85年のヴィンテージ感が増している。フォントは劇中でアレックスが使っていたタイプライターを思わせるものをチョイス。レイアウトも垂直からずれているので(それもページごと!)、紙を焦ってタイプライターに差し込んでいる(なぜかは映画を観てください)が表現されている。芸が細かすぎてもはや怖い。

※4)表面に蝋燭(ロウソク)と同じ”ロウ”をしみ込ませる加工のこと。撥水性・強度が高まり、内容物が透けやすくなるなどの効果がある。
※5)『Summer of 85』は1985年のひと夏の映画です。
※6)不透明性のあるホワイト版。フルカラー印刷はシアン・マゼンタ・イエロー・ブラックの4色を重ねて表現するので、もともと色がついた印刷物で“白”を表現する場合、白色のインクを用意しなければならない。これが高い。


こういう感じで早口で映画パンフレットのことを喋るつもりです。よろしければお付き合いくださいませ。

くらな

くらな

ブックデザイナー。小説も書いています。

Reviewed by
いま いません

今回の連載レビューを担当する、いま いませんと申します。
「こんなものがあったら、中二の自分がめちゃくちゃ喜ぶだろうな〜」という作品を趣味で作っています。

さてさて、今回の「映画パンフレットのデザインを早口で語る」という連載ですが、読んでいてとってもニコニコしちゃいました!ブックデザイナーさんの視点で映画パンフレットの良さを解説してもらえることなんて、普通に生活したらないじゃないですか(笑)
だからすごく面白かったです。雑誌を読んでいても、映画のパンフレットについてピンポイントで語る、なんて連載に出会ったことないので、すごくいい連載ですよね。さすがです!

ちなみに私は、映画館に行くことも少ないし、パンフレットを買った記憶は…10年前とか?レベルです。
「そんなやつがレビューしてもいいの?」とも思ったのですが、だからこそ新鮮に興味深く読めるかも…と思い、今に至るわけです。
父親はすんごい数の映画パンフレットとチラシを収集しているのに、なぜかその影響は受けてこなかったな…今度実家に帰ったら、いろいろ見せてもらおうかな。

ではでは。

まずは「花束みたいな恋をした」のパンフレットについて。
なるほどね〜!劇中のキャラクターが使っていたテイのグッズって、すごく欲しくなりますよね。しかもそのコンセプトをより明確にするために、これでもか!と劇中に登場したアイテムが挟み込んであるなんて、映画の世界に片足を突っ込んだような気持ちにもなれますよね。物理的な余韻を手に入れられるというか。この映画を選んで観にきた人たちが喜ぶことを、ちゃんとわかった上で作っている感じもします。映画は観たけど、パンフレットを買わなかった人の中には、「買っておけばよかった〜!」と後悔している人もいるのではないでしょうか。

そして「Summer of 85」のパンフレットについて。
こちらも、劇中に登場するお店で取り扱っていそうなアイテムをコンセプトとして落とし込んだものということで。くらなさんは一貫したコンセプトというものを大事にしているのではないかな?と、読んでいて思いました。こちらもやはり、ヴィンテージ感を表現したシワや折り目だけの表現にとどまらず、日焼けがページによって異なるなど、たしかに芸が細かい。バーコードのデザインからも、雰囲気を壊したくない!というこだわりが強く感じられますね。「あれっ、このパンフレットいくらなんだっけ?」と、紹介画像を読み直してみたら、まさかの1000円!お、お得すぎるよ〜!

私も本業のほうで、映画のパンフレットに関わるお仕事をすることがたま〜にあるので、記事を読んでいてとっても嬉しくなりました。

えっ、こんなに面白いお話が次回も読めるんですか!?ありがとうございます!次回も楽しみにしています。

トップへ戻る トップへ戻る トップへ戻る