入居者名・記事名・タグで
検索できます。

2F/当番ノート

Weekly Movie Pamphlet Report #5

当番ノート 第62期

劇場で映画を観ることが好きだ。
もっというなら、鑑賞直後に映画パンフレットを読むことが好きだ。

パンフレットを収集して困っていることがある。保管方法である。はじめのうちは本棚に収納していたのだけれど、判型がとにかくバラバラでちっともきれいに収まらない。縦型のA4やA5などのわかりやすいものであればまだいいが、#1『花束みたいな恋をした』などの横長ものも、#3『永遠に僕のもの』のようにそもそもが小さいもの、形自体が変わっているものなど、その違いがおもしろさの醍醐味ではあるのはわかっているんだけど……。

そういうわけで、私が手に入れた映画パンフレットのなかで「このデザインは素敵だな〜!」と思うものをいくつか紹介します。挙げるパンフレットは映画の内容に絡めたデザインもあるため、内容に触れる記述が多分に含まれます。あらかじめご了承ください。

今回はトレーシングペーパーが印象的な2作品。


『メッセージ』

ある日、宇宙から飛来した巨大な宇宙船が地球の12ヵ所に突如姿を現わし、そのまま上空に静止し続ける。アメリカ軍の要請を受けた言語学者のルイーズは地球外生命体からのメッセージの解読に取りかかり、思いがけない真実に近づいていく……という感じの内容。

デザイナーは大島依提亜。
まず目を引くのは表紙・裏表紙の型抜き(※1)加工。宇宙船のデザインが「おかしのばかうけに似ている」と言われているとおり、丸みのある三日月型はたしかに似ている。表紙の向こうには抜かれた加工と同じサイズの宇宙船の写真が載っており、黒の濃度が違って見えるのはそのため。宇宙の星を思わせる細かい白色の粒子は「エースボール」という銘柄の紙(※2)の特徴。古紙を原料とした再生紙なので、よく見ると白の大小が違ったり、わずかに赤色が混じっていたりと、ランダムな感じも宇宙をほうふつとさせる。文字は特色銀なので傾けるとすこしだけ光沢がある。バーコードにはオペーク白。

中身は「宇宙船が現れた12ヵ所」にならい、12という数字が特に意識されている。映画のキャスティングや撮影の裏話をまとめたプロダクションノートは12の小見出しに分けられ、コラムも12人によって書かれている。宇宙船が出現した写真も世界12ヵ所ぶんが掲載されているのだが、映画本編で明言されるものの映像として出てこない場所もあり、そういう意味ではパンフレットのみの特典ともいえる。ちなみに裏表紙(※3)の宇宙船は北海道。

肝心のトレーシングペーパーは中に挿し込まれている。後ろ姿のルイーズが半透明の紙に印刷され、次ページには地球外生命体。はっきりと映るルイーズと、ぼんやりした地球外生命体を重ねて見ると、映画本編で何度も目にしたガラス越しに対話するところがすぐに想起されるはず。対話しているシーンを写真として載せることが一般的なアプローチだろうが、1つギミックをいれることで見事な可視化に成功している。

※1)刃を組み込んだ木型を使い、紙・樹脂・ゴムなど型抜きする工程のこと。ビク抜き加工、トムソン抜き加工とも呼ばれる。関東関西で呼び方が違うらしい。型抜きされたパンフも発想に富んでいるものが多いのでいつか紹介したい。
※2)正確には板紙(いたがみ)という紙の種類。厚い紙の総称であり「板のように厚い紙」からきている。ボール紙とも呼ばれる。厳密には違いますが、段ボールを想像してください。
※3)一般的に表紙と呼ばれるのが「表1」、裏表紙は「表4」と呼ばれる。


『マティアス&マキシム』

幼馴染のマティアスとマキシムは、友達の妹が撮る短編映画でキスシーンを演じることになる。その偶然のキスをきっかけに秘めていた互いへの気持ちに気づきはじめるが……という内容。

これまたデザイナーは大島依提亜。「このデザインやコンセプトが素敵だな〜!」と思ったらだいたいが大島依提亜のお仕事。本当にすごい。
さて、この赤い表紙が目を引く『マティアス&マキシム』、見るとうっすら向こうが透けているのがわかる。表紙じたいが赤いトレーシングペーパーである。表紙をめくると、カメラを前にしてソファーに腰かけたマティアスとマキシムが載っており、さらにその向こうにキスシーンを演じるふたりの写真が透けている。もう一度表紙に目を凝らしてみると、本当にうっすらとではあるがキスシーンのふたりまでが一気に見える。トレーシングペーパーを使ってデザインする場合、『メッセージ』のように境界を隔てる役割を買うことが多いが、2つのシーンを同時に見せることで「想いに気づく前」と「想いに気づいた瞬間」を同時に映す、本当に鮮やかな手つきだ。

タイトルの色にもなっているシアンと表紙が印象的な赤は、映画本編でもふたりをイメージする色味。だが赤いトレーシングペーパーが本当に効果的に機能しているのは、色味のイメージングだけではなく裏表紙にある。透けている状態ではわからないがマキシムの頬には大きなアザがあり、作品の中でも非常に大切なキーとなっている。そのアザが隠れる/隠せないを、赤いトレーシングペーパーをめくるだけで表現する手腕、すごい仕事だ。

中身の文字部分は包装紙に赤系の特色。写真がふんだんに使われている4色刷りのページは前半と後半に分かれており、クレジットページを挟んで前半は地色に赤と青が使用され、後半は白のみになっている。思わずふたりの関係性や意味なんかを想像してしまう。クレジットページのあとにはヒグチユウコがマキシムを描いたポストカードが挟み込まれており、切り取れるようになっている(※4)。また、最果タヒによる映画のための書き下ろしの詩も載っており、ふたりの関係性を閉じ込めたファンブックのようである。

※4)ミシン目加工のこと。破線状になった切れ目がミシンの縫い目と似ているのでそう呼ばれる。映画の半券もミシン目加工。

くらな

くらな

ブックデザイナー。小説も書いています。

Reviewed by
いま いません

今回のピックアップは「トレーシングペーパーが印象的な2作品」ということで。
そんな見出しの特集、見たことありませんよね?
だからもう、それだけで「今回も面白そうやな〜!」ってなりました。

ではでは。

まずは「メッセージ」について。
表紙と裏表紙にエースボールという銘柄の紙を使って、宇宙を表現するアイデア。こういうのって、シンプルでめちゃくちゃカッコイイ!好きです。「このランダムな白い粒子が、宇宙という存在をより表現できると思って使用しました」なんて説明されたら「なるほどね〜!」ってなっちゃいますよね。
そして今回のピックアップテーマでもある、トレーシングペーパーを使った表現について。なるほど、ガラス越しの印象的なシーンの再現に使っているんですね。面白いですね〜。こういうアイデア、どういう順番の思考を経て「トレーシングペーパーを使えば、ガラス越しが再現できるな」ってなるんだろう。日頃から「トレーシングペーパー…なんかガラスみたいだな」とか思ったりしているのかな。気になりますね。

そして「マティアス&マキシム」について。
表紙で赤いトレーシングペーパーを使って、キャラクターの関係の変化、気持ちの変化、時間を表現しているというね。これだけでも十分に「今回も美しいお仕事ですね〜!大島依提亜さん、さすがです!」なのだけど、裏表紙でまさかの…また違ったトレーシングペーパーのギミックアイデアを盛り込んでくるというね。なんかもうこれ、本当にまったく手を抜いていないというか、「映画のパンフレットとしてできることを、全部やってやろうじゃねぇか!」っていう心意気が伝わってくるというか。

実際にパンフレットを手に取ったわけでもない私でも、すごいと思えるお仕事なのだから(くらなさんの解説が素晴らしいのはもちろんのこと)、「プロフェッショナル 仕事の流儀」は大島依提亜さんに密着してもらえませんかね?笑

やっぱり今回も面白かった。次回も楽しみにしています。

トップへ戻る トップへ戻る トップへ戻る