当番ノート 第26期
高校1年の夏、私はサッカー部を辞めた。 そしてそれを数週間、親に隠していた。 今から思えばちっぽけな問題だが、当時の私にとっては何よりも大きな問題だった。 部活に行ったフリをするというむなしい日々が続いた。 平日は学校帰りに本屋に寄って時間を潰し、休日は試合で遠出をしているフリをしなければならなかった。 試合がある日にはスパイク、ユニフォーム、レガースを部活用のエナメルバッグに詰め、朝早く家を出て…
当番ノート 第25期
始まりがあれば、いつか終わりがやってくる。 3月31日。たくさんの人の何かが終わり、明日から何かしらの新しいが始まる。 出会いと別れ。始まりと終わり。 ニューヨークに来てから、驚くほどこの質問を投げかけられる。 「いつまでここにいるの?」 自分の中に決まった答えを持ち合わせてはいるものの、この質問をされる度に考える。私はいつまでここにいるのだろう。いつまでここにいれるのだろう。外国人として国籍とは…
当番ノート 第25期
新宿駅の東口を抜けて、電光掲示板の大きな画面を横目に見ながら交差点を渡れば、紀伊国屋や三越の古いビルディングが視えてくる。周りは様々な言語を話す人々が行き交い、人いきれと車の排気、舞い上がる塵や埃で喉が噎せた。 私の住んでいた街とは全く違う、現実を生きる街。 私は今年二十歳になった。義理の父と母親が住んでいる街から引越し、今は一人暮らしをしながら美術大学へ通っている。もう誰に気遣う必要もない…
当番ノート 第25期
三重から離れ故郷静岡へ戻り1年あまり。その間ずっと中部地区にある藤枝周辺の瀬戸川流域を軸に撮影をしてきた。高根山の源流から志太平野、駿河湾にそそぐ川は全長約30キロに対して標高差が900メートル近くあるので表情豊かだ。上流には古くて硬い地層があり、むき出しになった岩肌が目立つ。中流域からは堆積した砂岩が多く角がとれ玉砂利状になっていく。石の質がよく水石雑誌で瀬戸川が紹介されるほど。川沿いの集落に1…
当番ノート 第25期
花粉が飛んでいる もちろん黄色い粉が舞っているのを見てとることはできないけれど, ぼーっとする頭が花粉のことを嫌でも認識させる。 ぐずぐずの鼻 散らかった部屋 今夜,彼に会いに行く いつもの電車に乗って,あの駅で降りて,バスロータリーを抜けていく そういう風に思い浮かべていくと,あっという間に彼の部屋の扉に行き着く 彼のことが好きで,あの街も好きになった 私は午前中を,彼のことだけを考えて過ごした…
当番ノート 第25期
インタビューアーの仕事の醍醐味は、相手が考えていなかったことを引き出すことだと思う。「それを聞いてきたのはあなたが初めて」と言ってもらえた瞬間、私の心臓は興奮に踊る。 誰かの話を聞かせてもらうというのは、動いている人にしばしの時間止まってもらう行為でもある。止まってくれたその時間の中で相手が何か新しい、もしくは懐かしい発見をしたり、自分の中に言葉を見つける瞬間だったりに立ち会えると、私はほっとする…
当番ノート 第25期
鈍色の低く垂れ込めた雲から銀の糸が降ってくる。幾筋も注ぐ雨は土を濡らし、青々とした独特の匂いを放った。 「ペトリコール」 僕は知らずのうちにつぶやいていた。雨が降りだして土を叩き始めた頃合いの匂いを、そう呼ぶらしい。 開け放していた窓からは細かく霧のような水滴が吹き込み、真白のカーテンをしっとりと濡らした。書きかけの書類は窓際の机に放置していたため、瞬く間に洋墨が滲んでゆく。 やれやれ、…
当番ノート 第25期
世界中を飛び回り、ダンスを通じて多くの人に笑顔を与えている友人がいる。同じアメリカでも違う土地をベースに暮らす彼女とは、約束せずともタイミングよくいつもどこかで会える。太陽のようなパワーとエネルギーに溢れた彼女は、いつも誰とでもまっすぐ真剣に向き合っている。子供だろうが大人だろうが、彼女はいつも本気だ。無論、私に対しても同様に。先日、ダンスをしているという少年と彼女が話をしていた際、ダンスを突き詰…
当番ノート 第25期
三重に移住して4年目にさしかかり三重でこのまま住むのかそれとも、という思いが巡るようになってきた。それまで穏やかな凪の浜辺にざわざわと波が立ち出すそんな感じがしたのだ。三重のことは取材や生活する中でわかってきたのに故郷の静岡のことって全然知らないし撮影をしたいな。三十路手前の焦りからか純粋に写真のことに取り組みたいと動き出す気持ちを抑えながらデスクに向かっていた。窓先にある梅の枝の蕾をぼんやり眺め…
当番ノート 第25期
どうしてみんな、あんなに思ってること言ったり態度に出したりするんだろう と、帰り道 チラチラひかるコンクリートを見ながら考える ため息と舌打ちの真ん中が 私の口の中で憂鬱そうにしている 雨は、人並みに嫌いだ でもきょうはずぶ濡れで帰ってもいいかなと思う夜だった でもさっき、やんだ そういうことばかりだ、わたしの人生は わたしはわたしのすべてがつまらないと思うことがある …
当番ノート 第25期
寿司屋に行こうと言い出したのは先輩のほうだった。ブラジル人が生魚を好きなことに少し驚いた。サンパウロは多様な民族の中でもとくに日系人が多く、日本食も存在感がある。夜は軽く済ませるというブラジルにおいて、軽く寿司でもつまもうと考える人は多いらしく、平日の中日だと言うのに店はほぼ満席だった。 海苔の代わりにスモークサーモンで巻かれた巻寿司を綺麗な箸使いでつまみ上げながら、ブラジル人の先輩は自分の仕事の…