当番ノート 第25期
土砂降りかと思いきや急に雪が降ったり、観測史上に残る夏の日のような気温を記録したり、ニューヨークは人や街だけでなく、天気までもが忙しい。さらに、ここまで来たら逃げ切れると思っていた花粉症がこっちにもあることを知り、落胆の色を隠せないでいる。しかし、もう見れないかと思っていた桜はニューヨークでも見れることが分かり、春の訪れに胸躍らせている。花見ができる。私の心も、この街と同様に、忙しい。 こうしてパ…
当番ノート 第25期
涯ての国というものがあるとするならば、そこは電車に乗れば行けるのだろうか。 ときどきそんな風に取り留めのない思考に耽る。 かの有名なジョヴァンニは、汽車に乗った友人に何処までも一緒に行こうと約束したけれどもその約束はかなわず、星天を見上げ涙を流すだけだった。 そもそもそこにレールが敷かれているならば、それが途切れる場処にたどり着く筈だ。 水平線に終わりは無いし、宇宙は途方にくれるほど…
当番ノート 第25期
仕事と同様にモノクロ写真も土地に慣れると撮影範囲がぐんと広がっていった。休日を使って取材で目星をつけていた場所を訪ねたり、片道3時間かけて和歌山や奈良の県境の方まで足を伸ばしたり離島の正月行事を野宿して追ったりなどちょっとした冒険をしているようだった。見たことのない光景にビビットに反応できる喜びと、東京を離れ頻繁に展示や発表に触れることができなかった焦りようなものが合間って撮影に集中できたのかもし…
当番ノート 第25期
起きれないんじゃなくて 起きたくないんだなってこと もうずいぶん前からわかっています とりあえずの化粧をして おしゃれでも好きでもない真っ黒なスーツに着替えなきゃ (葬式行くみたいだし、こんど数珠ももってくか) 洗濯物も外に出しとかなきゃ、明日着る服がないし そういういくつかを そろそろやらなきゃなってことを、ベッドの上で考える こんなにさえない1日のはじまりが、毎日続…
当番ノート 第25期
布団の中で目覚めて最初にfacebookとメールをチェックする習慣をいい加減やめないと、と思う。まだ自分のキッチンも見ていないうちから、他の人の人生が流れ込んでくる。でもそのメッセージたちが、フィードに現れる顔写真たちが、この部屋に収まらない自分の世界を形作っていることも確かで、なかなかそれを手放す覚悟が定まらない。 3年前のその朝は高校の同級生からメッセージが入っていた。またひとり、私たちの同級…
当番ノート 第25期
今日は、3月10日。 あたりまえながら、明日は3月11日だ。 この5年間、何度この日付を記し、この日のことを語っただろう。いつから“震災前”と“震災後は”に区切って話しをするようになったのだろう。地元、福島県いわき市から遠く10,000km以上離れたニューヨークにいても、この日ばかりは、故郷を近くに感じたい。色々思い出すのは、ちょっと気が重いのだけれど、この連載の話をもらった時から、これだけは書か…
当番ノート 第25期
彼が魔女の家を訪れたのは、私が魔女の家で過ごし始めて一週間ほど経った、よく晴れた午后のことだった。 「今日は新月の晩だから、食卓を飾らないとね。庭で花を摘んできてくれる?毒草には気を付けて」 魔女は珍しく黒いワンピースに黒いエプロン、黒い靴と全身黒づくめだった。 「新月の晩は黒い服を身に付けるのが魔女の決まりなの。もっとも、喪服みたいに全身隙間なく真っ黒である必要はないのだけれど」 …
当番ノート 第25期
(NAGI60号より) えっちらおっちら街道取材をする中で、あちこちの集落にある飛び出し坊やの看板が気になった。地元静岡では馴染みが薄くなってしまった飛び出し看板。三重はやたらに多いのはなんでだろうと素朴に思っていた。調べてみるとお隣の滋賀県が発祥の地とのこと。昭和30年代交通事故が急激に増え、警告を促すようにと地域の看板職人が作り出したのがはじまり。それが鈴鹿山脈を越え三重に伝来。北は桑名から南…
当番ノート 第25期
ティーンズをターゲットにした 女性ボーカリストの曲を聴いている 聴いているというか、見ている なんでもない平日の、 なんでもない夜に テレビと私 別に話したくないけど、間がもたなくて たらたら話す友人と 聞きたくもない話を、それでも一応うなずいたりしながらやり過ごしている私、みたいな そんな感じだ つらい恋の体験談みたいな歌詞で…
当番ノート 第25期
その鏡は世界で唯一のものだ。 私たちの夜の会話と、彼女の爽やかな決意を映した鏡。 “女には愛と情熱の両方が必要ってことかな?” “そう、その通り!” そのやり取りから、私たちの夜はぐんと加速した。 “なんというか、お互いに対する情熱を失ってしまった。 ねえ、自由に恋愛して、好きになった人それぞれとこどもを作ったら駄目なの?” 彼女にはこどもがいた。ちょうど離婚したところだった。 “自分がいて、愛す…