当番ノート 第28期
一つめの嵐が去った朝、そして二つめの嵐が来る前に、私とモリヤさんは外へ向かうトラックの荷台に乗せてもらった。トラックは日に一度、食料だとか外でしか手に入れられないものを届けてくれる役目のものだった。口数は少ないが気の良いおばさんが運転手で、見返りも求めず乗せてくれるのだ。 もう少しいる予定だったんですけど、とモリヤさんは言う。 「次の仕事があるし、この島には休みがてら来たのでそう長引かせるわけ…
当番ノート 第28期
雨の日が続いた。 僕は自分の記憶を探ることを一旦辞めて、部屋の片付けをしたり、簡単な食事を作るようになった。医者から貰った薬が合ったのか、この前同期と会って話したせいか、以前よりも前向きな気持ちで過ごしている実感があった。相変わらず眠りは浅かったけれど、数日に一度はぐっすりと眠り、腹を空かせて起きることができた。 僕はキッチンに立つと、食パンを切り、丁寧にマヨネーズを塗り、胡瓜とハムをはさんで食べ…
当番ノート 第28期
韓国で美容師として働き始めて、やがて3年半が経つ。 この3年半でご飯屋さんもどんどん変化している。 自分は辛いものが苦手で韓国料理はあまり食べられないので、 この国の食にはだいぶ苦労をしていると言える。 最初はほぼすべての韓国料理がダメなぐらい何も食べれなかった。だが人間の適用能力とは凄いもので 少しずつ辛くない食べ物を見つけたり、頑張って辛いのに挑戦しながら自分自身も辛いのに多少慣…
当番ノート 第28期
お疲れ様です。 僧侶の鈴木秀彰(すずきひであき)です 今回で第7回目。 前回は、今一度自分を見つけなおした僕が次にとった行動について、お話させていただきました。 それは「自己受容」。 できない自分も自分なのだと受け入れるという行動でした。 受容すると、自分をもっと知りたいという気持ちが出てきました。 多くのイベントを開催していたご縁で、さまざまな人に出会い、他者から教えてくれる自分という存在に気づ…
当番ノート 第28期
嵐がやってきた。 天気がひどい日は、島の輪郭は曖昧になる。灰色の雲と山は滲み、近くの大きく揺れる木だけがはっきりとうるさかった。まだ日が出ているはずの時間でも暗い外で、大きな雨粒と風がごうごうとうねり、家を揺らす。 母は役所に取り残されているようだった。でもあそこは海にも山にも近くないし、食料なんかもある。建て替えられて間もないし、何の問題ないだろう。むしろ古い実家よりは安心だ。モリヤさんも…
当番ノート 第28期
suicide cats in seaside① suicide cats in seaside② アマリがまだ 海の底で揺らぐ粒子だった頃、老いた人魚から様々な伝承歌を聴かされていた。 その歌は時間をかけて命に染み込んでいき、人魚を形成する核となっていく。 ”泡沫人は揺蕩いながら 光の彼方へ遠ざかる 交れば命は永遠となる 神様からの捧げ物 掠れることは許されど 染まることは許されぬ 喰らうこと…
当番ノート 第28期
品川駅に着くと僕は人の多さに圧倒された。夕方の四時でも日差しは強く、駅の窓を通してもなお僕の肌をじりじりと焼く。僕は通路の端を早足で歩き、待ち合わせ場所に向かった。 ビルに入ってすぐ、白くて大きな機械が目に入った。どこかで見たことがある。人々が並んでかばんをカゴに入れ、箱のような形をしたスキャナーに通し、その間に自分はゲートの下をくぐる。金属探知機だ。 僕は訝しがりながらも小さなショルダーバッグを…
当番ノート 第28期
先日、カメラを買おうと決意して お店の韓国人にカメラを調べてもらった時に 「新品にしますか? 中古にしますか?」 と聞かれたのでとりあえず どっちも値段とか調べて教えもらったが 韓国での新品と中古に対する値段の差が 面白いほど分かれててビックリした。 日本なら中古でも開封したけど使ってなかったり 数回しかシャッター押してないとかで ほぼ新品のカメラがあるわけで 値段はある程度高いまま…
当番ノート 第28期
お疲れ様です。 僧侶の鈴木秀彰(すずきひであき)です 今回で第6回目。 前回は、僧侶としての個人の活動を増やしていった僕が、今一度自分を見つめなおした結果、気づいた思考についてお話させていただきました。 気づいたことは「できない自分から逃げる」という行動パターン。 さらには、その逃げる行動パターンに従い、イベント中、「人前で恥をかきたくないという気持ち」からあまり自分を語っていない事実。 どこか僧…
当番ノート 第28期
ちょうど仕事もなかった私は隙があれば、取材と銘打ったモリヤさんと喫茶店に入り浸った。 「私も書く作業は真夜中にやるとはかどるので、相手してくださると嬉しいです」 そう言うモリヤさんとの会話は、ずっと新鮮で、奇妙なものだった。 この先関わることがないだろうとわかりながら、その場の時間を埋める会話はこの島の中ではまずありえない。島にやってくる人間は大概、大きな決意と共に移り住んでくる。その事情は…
当番ノート 第28期
suicide cats in seaside① ばくばくと鼓動を打ち続ける毛むくじゃらな生物の身体は暖かく、 腕の中にもうひとつ心臓ができたような、奇妙な心地よさがあった。 これから自らの命を絶とうとするものが、突如目の前に現れた関係のない命を救おうとしてる。 その矛盾に疑問が浮かばなかった訳ではないが、 アマリは見知らぬ命をしっかりと抱きしめて水面を目指し泳いだ。 海中から勢い良く飛び出し、目…
当番ノート 第28期
「スーツケース?」 「はい。見当たらないんです。あと去年使っていたはずの手帳も」 診察室はいつもの匂いがした。草のようなハーブの香りが、ディフューザーから静かに流れてくる。 「それが見当たらないことが不安なのでしょうか、それとも・・・」 僕は頷いた。 「それが僕の記憶を呼び起こす鍵のように思えてならないんです」 「なるほど」 医者はそう言っただけで深追いはせず、カルテに暗号のような文字を書き込んだ…