当番ノート 第28期
めぐを姉のもとへ送って病院を出ると、入口のそばに見慣れた黒い大きなバイクが停められていた。そしてバイクに乗っているのは、この島でただひとりしかいなかった。 「ときこ」 ハスキーな声が私を呼ぶ。振り返るとまさにバイクの主である、あおいがそこにいた。メタルバンドのTシャツに、革のパンツ。年中黒い格好をするあおいは、白い肌と赤茶のショートカットだけがやけに明るい。 「あおい、どうしてまたこんなところ…
当番ノート 第28期
コーヒーカップの湯気の向こうにいる妻に向かって 「おめでとう」と言ってみた。 トーストにブルーベリージャムとクリームチーズを塗りながら 「何が?」と返しちらりとこちらを見る、彼女の少し冷たい目線が僕は好きだ。 「今日、何かの日だっけ?」 「なんとなく。きみを見てたら『おめでとう』って言いたくなった。大安吉日土曜日の朝。天気もいいし。なんとなく。」 「ふーん。」 そう一言言い放った後、妻はプチトマト…
当番ノート 第28期
薬の量を増やしてからしばらくすると、悪夢を見るようになった。暗闇の中で誰かに追いかけられる夢だ。足音だけが聞こえてくる。僕はひたすら走り続ける。細かいところは思い出せない。目が覚めると大量の汗をかき、疲れ果てている。 「たまにいるんです、そういう人が」 医者は気の毒そうに僕を見た。 「どんな夢を見ますか」 僕はもう一度今朝見た夢を思い出そうとした。けれど記憶には暗闇と足音以外何も残っていなかった。…
当番ノート 第28期
生活していると良く感じることで 韓国って見せ方やアピールすることが凄く上手いなぁと思う。 洋服屋さん、カフェ、BARなどオシャレな所はだいたい良い雰囲気を出している。 写真におさめてインスタグラムやフェイスブックに投稿したくなるような感じだ。 韓国人は流行りに敏感で話題になればすぐに群がる。すぐにまた新しい流行が来てそっちに行く。 今の韓国はインスタグラムやブログにのせるためにその場所に行っている…
当番ノート 第28期
お疲れ様です。 僧侶の鈴木秀彰(すずきひであき)です。 今回で第2回目。 前回は、なぜ「人の一生に関わるお寺」をテーマにして活動をはじめたのかについてお話させていただきました。簡単におさらいすると、これまでの葬式仏教のあり方に疑問を持ち、人が集い、学び、癒される場としてのお寺本来の役割に出会ったことがきっかけでした。 今回は、そんなお寺本来の役割を取り戻すべく活動を開始した僕が、なぜ「人の一生に寄…
当番ノート 第28期
島はすり鉢状になっている。だから海に囲まれていながらも、中にいたのではなだらかな丘陵ばかりしか見えなかった。砂浜があるのは、本土へ続く橋の周りだけだ。それでも夏になれば、女たちが水着ではしゃぐ。橋へ続く大通り沿いの一軒家では、その声たちから逃れようがなかった。 まぶたを閉じていても薄明るいほどに、もう日は高い。近くの茂みでじいじいと鳴く蝉の声に混じる、女たちの黄色い声、波の音。息継ぎでもするみ…
当番ノート 第28期
あなたのことが大好きだった でもあなたは私を選ばなかった レモンイエローのワンピースがよく似合う、 あの子にあなたは夢中だった よくあるはなし よくあるはなし 彼女のことを愛していた けど彼女は消えてしまった 「駅前のコーヒーテラスによくいるプードルにそっくり。」 僕の茶色い巻き髪をいたずらっぽく触りながら、クスクス笑い ふわりとキスをくれた晩に 彼女はもう帰ってこなかった よくあるはなし よくあ…
当番ノート 第28期
雨上がりの秋葉原は、酷く蒸していた。まるでサウナだ。時刻は零時前で、終電を捕まえようとする人達がぞろぞろと駅に向かっていく。僕はその流れに逆らい、末広町へと向かう大きな道を進んだ。 ベッドに入ったのが八時。眠るにしては早すぎる時間だったけれど、それ以外にすることがなかった。眠りに落ちる直前、雨が降りだした。守られているような、それでいて自分の孤独を思い知らされるような、静かな雨音だった。 目が覚め…
当番ノート 第28期
みんなが知っていることだが、韓国は整形大国である。 自分は韓国に来てから整形大国であることを知った。 なぜなら、 韓国にはまったく興味がなく、渡韓してしまったからだ。 今考えると、何の情報もなく純粋に自分の体験だけで韓国を吸収できたからこそ いろいろと韓国について文章に出来てる気がする。 自分は韓国スタッフや韓国人のお客さん、日本人のお客さんに整形についての 質問を良く投げかけることがある。 同じ…
当番ノート 第28期
はじめまして。 この度金曜日を担当することになりました、 僧侶の鈴木秀彰(すずきひであき)です。 「人の一生に寄り添う僧侶」をテーマに、 僧侶のみならず、理学療法士、心理カウンセラーとしても活動をしています。 今年で僧侶になって20年目になりますが、 そもそもは実家がお寺というだけで始まった仏道への道、 最初は正直、僧侶という仕事に魅力を感じていませんでした。 仏道の本格的な始まりは大学に入学して…
当番ノート 第28期
ある夏、島から男が出ていった。 私はまだ中学生で、その光景を校舎の屋上から見ているだけだった。 「ほら、また出てくよ」 一緒にいた友人はセーラー服をなびかせながら、柵から身を乗り出す。指さした先には、本土へ唯一つながる細い橋があった。 普段は部外者が入らないよう、上げられている橋だ。けれど今日は島を出ていく期限だったから、橋はずっと下げられていたし、車もたくさん去っていった。 深い青色の海にかけら…
当番ノート 第28期
旅の途中、風変わりな女の子に出会った。 旅と言っても、いつも遊んでいるりんごの木から、1、2、3本ともっと先の、まだ登ったことのないりんごの木まで。 お昼ごはんから晩ごはんまでの、短い旅ではあったのだけど。 このあたりでは見たことのない女の子だった。 風変わり、というのは彼女のあたまのことで。 好き放題に伸びた長い長い髪の毛が、別の生き物のように うねうねと風になびいて、なにかから守るように、彼女…