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Do farmers in the dark(38)

Do farmers in the dark

ジュラ紀のような雲と目

チャリスがやってくる。それはまるでずぶ濡れのハイソックスのように。(3)

前回までのあらすじ

両手に照り焼きのチキンレッグを持ちローラースケートを履いた純粋無垢な紳士クァンツ木村(カンツ木村)は駅のロータリーで剛之ヒストリアン天狗キヨポン(ゴウノヒストリアンてんぐきよぽん)を待っていた。背中には「ほら穴、カンツ」と書かれた旗を背負っていたのだが、その運命やいかに…

———————-

カンツは中年女性の平凡な声(いちじるしく麗しい、たおやかで深い慈愛の心と強烈な憎悪の念が相剋しているような、えもいわれぬ窺い知れぬような声)をしているという事しか分からない剛之ヒストリアン天狗キヨポンの姿を想像し、早く来ないかなあ、と思いながらユンボーマー・モ・ウー駅のロータリーに立っていた。秋の晴天のちょうど良い湿度が、あたりに照り焼きの匂いを運んだ。

しっかりと両手に照り焼きのチキンレッグを持ち、ローラースケートを履いた足でまっすぐに地面を捉えて、秋の爽やかな風の中微動だにせず顔を動かさずカンツは天狗キヨポンを待つ。2秒前までは天狗キヨポンはどんな人なんだろうかと思いを馳せていたが、今現在カンツの頭の中は練りものの歌が再生されていた。

ネリネリネリネリ、練りもの♪ネリネリネリネリ、練りもの♪ネリネリネリネリネネリネリネリネネネネリネリ….カズカズカズカズカズノコ♪

すると、カンツに向かって歩いてくる中年女性の姿が見えた。おお!彼女が天狗キヨポンに違いない!とカンツは思った。

「カンツさんこんにちわぁ〜!ほら穴チケットの予約をした剛之ヒストリアン天狗キヨポンですぅ〜」

「アッハハ、カンツさんの格好面白い〜」

ヒストリアンの声は電話では中年女性の平凡な声(いちじるしく麗しい、たおやかで深い慈愛の心と強烈な憎悪の念が相剋しているような、えもいわれぬ窺い知れぬような声)と思ったが、実際にはまるで少女のような明るい中年女性の声だとカンツは思った。しかしどことなく何かに訓練されているような、プログラムされているような印象も受けたし、同時に別のプログラムが死んでいるような印象も受ける声だった。それはまさに明るい中年女性の声(まるで少女のような)と言ってさしつかえなかった。

「ようこそおいで下さいましたでゲス!カンツ木村でゲス!」

とカンツはあいさつした。ヒストリアン天狗は柔らかな笑顔で応える。

ヒストリアンはメガネをかけた、中肉中背の中年女性で、秋になるがまだ暑いのか爽やかな白のノースリーブを着ていた。どこか知的な印象を受けた。メガネをかけていたからだ。そして健康的な印象を受けた。顔は少し茶色く、そばかすが少しあり、ノースリーブだったからだ。ジーンズを履いていたからだ。髪型は程よく傷んだ多少白髪が混じった茶色の長くも短くもない髪を真ん中から後ろに流していた。眉毛はフサフサしており濃かった。

そして、カンツはある部分にハッと目が奪われた。

ヒストリアン天狗キヨポンの脇、脇の下に、柔らかなハンバーグのような、真っ黒いものが挟まっていたからだ。それは十中八九、脇毛がハンバーグ状に丸まったもの、または故意に脇毛をハンバーグ状に丸めたものだった。非常に絡まっており、少しエアリーで、弾力を持っているように見えた。

カンツは「ゥォッツ」と小さく囁きながら、ウォォ〜ッツ!びっくりしたぁぁ〜!と心の中で思い、後で良いタイミングでそれは脇毛なのか何なのかと聞いてみようと思い、それと同時に頭には練り物の歌が再生されていた。

ネリネリネリネリ、練りもの♪ネリネリネリネリ、練りもの♪ネリネリネリネリネネリネリネリネネネネリネリ….ハンハンハンハン、ハハハハハンハンハンバーグ♪…….ワン、ツー、スリー、テリヤキ!!♪…

「では今から車でほら穴に行くでヤンス。どうぞこちらにでゲス。」

「は〜い」

とヒストリアン。

カンツはよろよろとローラースケートで歩き、止めてあるミニバンに向かう。カンツは両手の照り焼きのチキンレッグをどうにかしなければ車のドアが開けられないと思い、奈落の底に突き落とされそうで突き落とされないような、または突き落とされそうだが安全帯はちゃんとつけている、というような類のよくあるごくごく一般的な焦燥感というものに駆られた。と同時に頭に練り物の歌が、今度は恐ろしく太った妖精の肉声、あるいは断末魔のような鮮明な、高解像度の音でネリネリネリィ…と再生され始めつつも、早くお肉を食べなければ!と思ったその瞬間、剛之ヒストリアンが

「両手の照り焼き、お持ちしましょうか?」

と言って救いの手を差し伸べてくれ、両手のチキンレッグを持ってくれた。カンツは背中の旗をいたるところにぶつけそうになったり実際にぶつけながら、なんとかローラースケートを脱ぎ、普通のスニーカーに履き替えた。

一瞬旗を体にくくりつけている紐を天狗キヨポンに外してもらおうとしたがやめた。彼女は今現在、両手に照り焼きのチキンレッグを持っていたからだ。そして彼女の目はカンツのずっと向こうのほう、駅の向こうの山々や、雑木林を見ているようだった。晴天の午後の風があたりに照り焼きの匂いを爽やかに撒き散らし続ける。

カンツはなんとか自力で体に縛りつけた紐をほどいて背中の旗を外し、ミニバンの荷台にしまった。そしてやっとのことで天狗キヨポンに助手席に座ってもらうことに成功した。優しい天使のようなキヨポンは未だ照り焼きを両手に持ってくれており、そのため車内には照り焼きの匂いが充満していた。

「照り焼き持たせてしまい申し訳ありませんでゲス!ありがとうございましたでヤンス!良かったら1本、召し上がって頂けないでガンス?」

カンツはどうにかこうにか、語尾にヤンスだとか、ガンスだとか、ゲスを頑張って入れ込もう入れ込もうとしていた。それが古くから最上級の敬意を表す言葉とされているから。

「あらカンツさんありがとう!美味しそうな照り焼きですねぇ」

とキヨポンは言い、カンツとキヨポンはひとまずチキンレッグの照り焼きをムシャムシャと食べ始めた。車内はますます照り焼きの匂いが充満したように思えた。わりと大ぶりだったため、2人が食べ終わるのに10分ほど時間がかかった。2人は揃いも揃って、と〜〜〜っても、よく噛んでものを食べる人たちだったんだ。当然だが特に焼いたり燻したりしたお肉に対しては。

食べ終わるとなお一層、照り焼きの匂いが増幅されたように感じられた。驚くべき事にカンツは決して車の窓を開けたりはしなかったのだ。

カンツは食べ終わったチキンレッグの骨を剛之ヒストリアンからもらう際、立派な蟹の脚を模した塩化ビニル製の長ーい指サックを素早く2つ指にはめて、まさに蟹の足のような指でキヨポンから食べ終えた骨を受け取った。

目の前の蟹の足にキヨポンはびっくりし、

「カンツさんその指は一体なんですか?蟹の足?面白ーい!」

と明るく笑いながら言った。

カンツはとても嬉しそうに口元をニタァァァァ〜と酷く斜めに歪ませて、

「面白いでゲしょう?なんというか、ユーモアのある人になりたくて。でも言葉でユーモアを表現出来ないんでヤンス。誰彼が言ってるギャグを聞いて面白いなぁ、と思うんですが、何で面白いのか、その構造が全く分からないから、いざ自分もやってみようとしてもギャグを言えないんでゲス。でも誰か楽しませたくて、この蟹の爪は自分の指にはめれるように一生懸命作ったんでヤンすよ。まさに立派な蟹の脚でゲしょう?」

カンツは本当に本当に嬉しくてたまらなかった。いまだ口元を斜めに酷く歪めてニタァ〜としている。先ほどのカンツの説明どおりなのだが、彼は言語的なギャグの構造が本当に全く分からなかった。ただユーモアは非常に大切だと思っていたので、見た目でユーモアを発揮しようとしたのだ。そして彼のユーモアは、たった2つの蟹の足型指サックしか無かった。

結局のところ、彼はユーモアは非常に大切だというところを認識したところで蟹の爪以降は何もしなかったのだ。必要に迫られていなかった。現代ではユーモアが無くても難なく大好きなバターが手に入れられたからだ。バター以外のものを手に入れようとするともしかしたら必要になる場合もあるだろうが、そういうタイミングはあまり無かった。

カンツはリアルな蟹の足ふう指サックを外し、合計骨2本をプラスチックのトレーに入れ、ビニールに入れて縛った。

カンツは

「さて出発するでヤンス。ここから10分ほど行った先にほら穴があるでゲスよ」

と言い車を発進させた。

車を発進させた直後、カンツは気になっていた脇の下の黒いものを聞く良いタイミングだろうと思い、

「ところで天狗キヨポンさん、その脇の下に挟んでらっしゃる真っ黒なハンバーグのような、ふわふわした塊は何でゲス?」

と聞いた。

キヨポンは

「これね〜、面白いでしょう?これは脇毛を俵状に丸めてるんですよ〜!」

と言った。

カンツは、

「ホォォ〜、ナゼ?」

と言った。

キヨポンは

「わたしどうしても世の中のあらゆる人々が色んな呪いにかけられている気がしてて。様々な呪文が唱えられて私も呪いのしるしを何個も何個もつけられそうに、自らつけてしまいそうになってしまうんです。呪いのしるしが複数つくと、乗算的に誘発しあって新しい呪いが内側からどんどん作られてどんどん絡まってしまうんですよ。それはある時、ある種の呪いの場合は役割のしるしと言い換える事もあるんですけども。いずれにしろ呪われるのを良しとするとそこにかける費用や労力は莫大ですもの。あと、わたしは元々いた場所にいつでも戻りたいんです。とある場所では呪いを成長または発展と言ったりしているのですが、呪いは成長でも発展でもないんですよ。来た道を戻れなくなるだけ。」

「それで脇毛は呪われ無いように生やしてるんです〜。とても良く悪い呪文を回避してくれますので。要するに呪文を回避する装置みたいなものですね。生やした脇毛をハンバーグみたいに俵状に少しセットすると、さらに強く呪文(呪い)を回避出来るんですよ〜」

と割と詳しく説明してくれた。カンツは、

「それはすごいな!いい事を聞きましたでヤンすよ」

と言い、やはりメガネをかけているし、キヨポンさんは頭がいいんだなあ、かなり即効性のある手軽な呪い避けの装置を作るなんてすごいなあと思った。カンツも呪いや呪文については重々承知していたのだ。一方で呪われないように生きるのは大変な事だなぁ〜と思った。元々いた場所に戻るのは大変な事だなと。まるでごまかしが効かなくなってしまうし、もっとも強大で解けない原始的な、呪文を用いない本物の純粋な呪いを見つめ続けないといけなくなってしまうから。

あらためてキヨポンの顔を見ると、あまりにもボンヤリと遠いところを見るような目をしていた。カンツは今までも数えるほどだが数度見た事のある目だなと思った。世界の事を考えている女性の目だった。彼女たちはふとした瞬間とてつもなく遠い目をしており、とても賢く優しく(つまりほとんど完全に正しく)実行力と勇気があり、自由を愛し、世界の事を考えていた。そのふとした瞬間はだいたいお酒を4、5杯飲んだ頃だった。そしてカンツはあまりにも世界に対して何もせず、あまりにも自分本意で自分以外のものを決してたったの一度きりも良くしなかったため、そういった尊敬する女性とは疎遠になって今ではお酒も飲まずバターをネットリと食べるのが大好きになっていた。

「カンツさんはどうしてほら穴チケットを作っているんですか?」

とキヨポンが聞く。

カンツは

「私はほら穴が割と好きでヤンス。チケットを作るのも割と好きでゲス。なぜならチケットを作るのはあまりにも楽ちんでヤンス。チケットを置いてもらうのも恐ろしく楽ちんでゲス。それらによってまったくと言っていいほど筋疲労を感じないでヤンス。そしてそれを手に入れてほら穴に来てくれる人は漏れなく優しくて、どこかかっこよい人ばかりで大好きでゲス。そういう人と会えるからやっているでゲス。そんなような、いわゆる普段全く会わない、気心が全く知れないのに、なぜか友達のように感じる人々が大好きなのでゲス。その活動の一切に対して、あまりにも筋疲労がわずかのため、まるで得してる気分になりやってますでゲス。ライトニング数馬とチャリス信道という2人の友達も手伝ってくれてますでゲス。」

と言った。

「そうなんですね〜、なるほどぉ〜!」

とキヨポンは言う。キヨポンはより一層遠く、遥か遙か彼方のサバンナにいるハイエナに食べられているヌーのまばたきをボンヤリと見ているように見えた。

そうこうしているうちに2人は目的のカンツのほら穴へ到着した。決して山奥ではない、坂のある雑木林の坂を少し上がると、少し開けた場所があり、奥を見ると低い山の腹に4つの暗い暗い暗い暗い穴があった。ここがカンツのほら穴だ。

少し湿った草60%、土5%、岩35%の比率の、主に草や岩の匂いが爽やかに漂っていた。

〜次回へ続く

シワ
木澤 洋一

木澤 洋一

ふと思いついた事や気持ちいい事や、昼間に倒れてしまいたいような気持ちを絵にしています。

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