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3F/長期滞在者&more

たよりないもののために

長期滞在者

「判断基準が外にある不安をどうにかしたいよね。もっと素直に生きて。」

そう言った彼のことを、知り合ってからの長い間、わたしは“判断基準”にしていた。

彼の好きなものを、わたしも好きになりたかった。
今なら分かるけれど、それは、彼に好かれたいとか、同じものを共有したいという動機とは、多分違った。
知り合った頃に彼が教えてくれた生き方や、表現は、自分にとっても必要なものではないかと感じたからだ。

その頃自分が求めていたのは「根源的なものだった」と、彼は言う。

わたしは、知らなかったのだ。
嫉妬も焦燥感も湧きあがらない、ただ、心を静かにしてくれる表現があることを。
それが、孤独から生まれる穏やかさであるということを。

彼が教えてくれたのは、そういうものだった。

**

新年を、豊島で迎えた。

豊島で暮らす、美術家の安岐理加さんと一緒に過ごした大みそか。
この人老けたネ、と、老けないネ、を繰り返しながら紅白を観て、年越し蕎麦を食べて、お互いに話をした。
お蕎麦の上には、まいたけの天ぷら・安納芋の天ぷら・海老と春菊のかき揚げ。(最高)

理加さんはわたしを、娘のような“友人”と言ってくれるけれど、本当は、会う度にものすごく緊張している。
まだきちんと言葉にできないのだけど、とても尊敬している人なのだ。
いつかちゃんと、自分の言葉にしたい。

さて、紅白の大トリが歌い終わる頃、除夜の鐘をつきに家を出たのだが、鐘の音が全く聞こえない。
歩ける距離のお寺、両方に足を運んだけれど、どちらも暗く、誰もいない。

「あれだけ観光客が来るとはいえ島のゲンジツはこれだよ」「除夜の鐘もつけないほどの人口減少かア」と落ち込んで、引き返していると、後方から、はっきりと鐘の音が聞こえてくる。
ほどなく前方からも。

あとで住職の方に聞いたところ、豊島では、唐櫃地区は12時までに鐘をつき終わり、理加さんの住む家浦地区では、12時ちょうどに鐘をつき始めるのだそう。

そうとは知らなかったわたしたちは、お寺とお寺の間で、鐘の音に挟まれてしまった。
ひそやかに家の灯りが漏れる細い道の真ん中、ぴかぴかの月に喜びながら、「あけましておめでとうございます」と言い合い、それぞれ、大切な人へメールを打った。
冷たい、静かな夜の真ん中で、大きな光と音に包まれて、なんだか愉快で幸福だった。

元旦から仕事だったため、朝7時25分発のフェリーに乗って、初日の出は、海の上でひとりで見た。
前日寝るのが遅くなり(帰宅後、さだまさしの生放送番組を最後まで観てしまったからだ)かなり眠かったのだけど、眠気も、新年早々出勤する気だるさも忘れる美しさ。

あの光を直接見ようと、デッキに出た瞬間、一子さんにここで写真を撮ってもらった風景がよみがえってきた。
笑っているわたしたちと、世界でも救いにいくような、使命感に駆られた険しい表情の淺野さん。

頬の裏がうずうずするような、幸福な思い出は、なんだか頼もしい。
思い出す度に、少し自分を好きになれるような気がして。
鐘の音の真ん中で迎えた新年だって、そうだ。

自分には、もったいないくらいの経験をしているな、と思う。

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最近の、いつ頃からだったか。人と話すことが難しいと感じるようになった。
伝わらないことや、批判されることを想像してしまい、怖くて言葉が詰まる。

少し前は、自分にはもったいない、とさえ思うような相手にだって、もっと素直に話せた。
好きだから(ファンだから、の方が近いかも。ミーハー心)こそ、話したいことがたくさんあったはずなのに、今、好きな相手に、どうやって話をしたらいいのかわからなくなっている。

でも、これが、今の、ありのままの自分なのだと思う。
彼でなく、尊敬する誰かでなく、”普通は”という一言で片付けられるのっぺりとした基準でもなく、「判断基準を内側に持つこと」を意識したむき出しのわたしは、あまりにも弱弱しい。

だからまた、書いてみようと思った。
書いている間なら、自分と、辛抱強く話ができるから。

続けていたら、自分の“本当の感覚”みたいなものが分かるときがくるだろうか。
いつか、もっと素直に生きることができるだろうか。

彼の目を借りるのではなく、一緒に、世界を見てみたいと思うのだ。

中田 幸乃

中田 幸乃

1991年、愛媛県と高知県の境目にある海のそばの村で生まれました。

Reviewed by
小沼 理

大みそかに部屋の掃除などをしながら、元日の朝に初詣で並ぶ人の背中を見ながら、これまでのことを振り返る。その中で、今年の目標や決意がぼんやりと立ち現れてくる。僕のように寝て起きて食べてテレビを見てるだけで三が日が終わった(マジで)という人もいれば、元旦から働いている人もいて、現代の正月の過ごし方は人それぞれだ。でも、ふとした瞬間に「今年はどう生きようか」と考えるのは、みんな同じだと思う。そして誰もが人知れず胸の中で決意して、何かをはじめたり、終わらせようとしたりする。

その決意の空気がうっすらと残る1月の半ば、中田さんはこの文章を書いた。自分の目で見て感じたことをそのまま差し出したいのだと語る文章。そこには少し、自信のなさがにじむ。でもそれは「自分にできるかな?」という自信のなさだ。決して「これって正しいのかな?」という自信のなさではない。だから、書かれた文章の中ですでに中田さんは「自分のままを差し出す」という、当たり前だけどとても難しいことをなし遂げている。

ただ、誰かと話しながら、コミュニケーションの中でそれをなし遂げるのはもっと難しい。相手の話す内容、ちょっとした声の調子や表情に僕たちは常に影響を受けるし、それらを遮断して感じたことを話しても、「誠実さ」から遠のいてしまうからだ。「もっと素直に生きて」。”彼”は身軽にそう話すけれど、こちらはつい大切な人の顔色をうかがってしまってきちんと飲み込めないまま、その身軽なトーンから離れていっていることだけを感じる。

それは僕自身も個人的にうまくできなくて、よくわかっていないことでもあったのだけど。今思ったのは、素直に生きるって、影響を受けるのを恐れないように、影響を与えるのを恐れないこと、だろうか。もしかしたら。

彼から受けとったものが自分の輪郭をたどり直す作業に向かわせてくれていると素直に書く中田さんは、影響を受けることをもう恐れていない。そして次にすべきことも、きっとわかっている。

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