パリに来て最初の一ヵ月半は毎日語学学校に通った。
分かろうが分かるまいが毎朝3時間。
フランス語に対する免疫力を養うのにはうってつけだった。
日本人ばかりのクラスから始まって、終わる頃には外国人に囲まれて授業を受けていた。
それぞれにとても大切な出会いがあった。
それから音楽院が始まり、パリで暮らす人々との出会いも少しづつ増えて、気がつけば三ヶ月が経過している。
フランス語についてもフランス人についても書けることはそんなにない。
相変わらず会話の2割しか分からないし、自分の言葉も日本で勉強した以上のことは大して身についていないように思える。
あえて言うなら、今まで使ってきた簡単な言い回しが考えなくても口から出るようになったくらいだ。
それでもフランス人たちと共に過ごしていると、もっと喋れるはずなのになぁと錯覚してしまうのは面白いことだと思う。
フランス人たちの夜は長い。
まず夕食のはじまりが遅い。
10時を過ぎてからということがざらにあり、宴は夜中まで続く。
ワインを飲み、チーズとハムとバゲットをつまみ、煙草を喫う、これらの動作はみな会話の最中に行われることだ。
それはもう、喋ること。
少しも黙っていない。
当然のことながら何の話をしているのか分からないので(彼らの会話のスピードときたら!)、電子辞書をひいたり写真を撮ったりしている。
私はそれでも全然構わない。
フランス語の響きは音楽のように心地よく耳に届くのだ。
けれども彼らは往々にして礼儀正しく、私を会話に入れようと様々な質問をしてくれる。
パリには仕事で来てるの、それとも勉強で?どこに住んでいるの?今の話、分かったかな、英語で話した方がいい?
なんて親切なのだろう─フランス人というのは自分の国を誇るあまり、英語を話せるのに話さない人種だなどと誰が言ったのか─
なかなか理解できないことが申し訳なくて、ごめんなさいと謝りつつも、フランス語のほうがいいわなどと大見得を切ってしまう。
だって夢だったのだ。
こんな風にフランス語しか聞こえない場所で暮らすことが。
こうして夢が叶った今、早くも先の夢をみてしまう。
何年もこうした夜を過ごせば私も彼らのようにおしゃべりになれるかもしれない、と。
欲しいものを手に入れるときに嬉しさよりも戸惑いを覚えるのは、きりがないことを知っているからだ。