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3F/長期滞在者&more

写真を読む

長期滞在者

日々の仕事の中でとりわけ持ち込まれた写真を見ることは、ぼくにとって大事な仕事です。ぼくのギャラリーでの展示を目標に写真を持って来てくれる方々、実際にルーニィでの展示が決まっていて、その途中経過であったり、展示構成の打ち合わせの過程で作品を見せて頂くこともありますし、額装のお仕事で作品を拝見することもあります。ただ単に自分のやっていることがぼくのような写真を扱う立場の人間からどのように思われるのかを知りたいといって、お目にかかる場合もあります。ぼくはよく知りませんが作品を見てもらうのにお金を払って然るべき立場の方に見て頂く人も結構いるそうです。

写真を見る、読み解くというのは、本当に画面のすみずみまで、一枚の印画紙に定着されたありとあらゆる情報に眼をこらします。例えばカラープリントによる風景の写真が一束あったとしましょう。具体的な話をすれば、先日うちで終了した伊藤藍という作家さんがいます。全て横位置で撮影された日本の田舎の風景が並んでいます。ややざらついた粒子感がありますので、35mmのネガカラーフィルムで撮影したものであることが分かります。厳密ではないですが、水平線は傾いていない、恐らくは三脚なども使って、なるべく画面の傾ける等の映像的なエフェクトを排除しようと心がけているんだと思われます。そしてよく見ると、どの写真にも墓石が写っている。いわゆる霊園ではなく、集落の一角にいくつかの墓標が寄り添う様に景色の一部として写り込んでいる。
撮影した場所はどこかは分かりませんが、土の色が赤茶けているものもあれば、白っぽいものがあります。白い土は西日本の土の色です。関東地方周辺だけではなく、撮影範囲は相当広いということが分かります。
そればかりか、風景にうつる草木の緑影の濃いものもあれば、一面の雪景色もある。撮影範囲が広範囲でなおかつ春夏秋冬の全てを余すところなく画面に定着しているということは、ここ数ヶ月とかそういうレベルではなく少なくとも2年以上自分なりに何らかの意識を持ってこのテーマに黙々と取り組んでいるんだろうということは想像出来ます。
写真を見続けることで、徐々にその写真に何が描かれているのかを読んでいくのです。

聞けばかれこれ5年間、仕事の合間を見つけてこういった写真を撮り続けているとのことです。20代の後半にさしかかろうかというOLさんです。写真を見て、本人を前にしますと、色々なことが頭を巡ります。普通このくらいの年頃の女性が、誰のものかも分からない名もなきお墓を探して、たったひとりで見知らぬ日本各地の田舎を巡るというのは、簡単には理解出来ないし、その姿がどんなものかも想像しがたいものがあります。

でも、日々その刹那の娯楽のため、お金を使うことでしか今を生きている充足感を味わえない人びとが右往左往する街に身を置いている自分には、彼女の撮って来た日本のどこか、としかいいようのない地味な片田舎の風景の連なりに関心を寄せ続けているこの作家さんの視線と意識の向かう方向性に興味が湧きました。多くの同世代の人びとにはない異質な感性が鈍く光っています。同時に彼女なりに、それぞれの土地の空気を吸い、風景と墓石を眺めることを重ねたことによって彼女なりの考えが深まっている様にも思えました。それは日本人の信仰観であったり、歴史であったり、そして風景論のようなもの。
今からちょうど一年前、伊藤さんの写真を初めてまとまった数見せて頂いて思ったことです。

そこに何が写っているのかを見るのは、文字通り写真を見ることであって、その先の読むということが出来たり、そこを面白がれる人はそれほど多くない、というか、年々減っている様な気がします。いかに撮るか、撮られているかを語る人は多い、展覧会であれば、画面のサイズや、並べ方、空間の使い方を見ている人は数多くいるが、そうではなくて、なぜこの人はその写真を撮り続けているのかに思いを馳せることによって、画面に写っていないものまで見えてくるから不思議です。

時々言われるのですが、ぼくの写真の読み方は、まるで占い師か、現場検証をする刑事さんのようだと形容される方がいます。写真を手がかりにその人のことをもっと知りたい、その人の思いに届きたいと思いながら見ているのですから、そのたとえは的外れでもないよなぁ、なんて最近思っています。

篠原 俊之

篠原 俊之

1972年東京生まれ 大阪芸術大学写真学科卒業 在学中から写真展を中心とした創作活動を行う。1996年〜2004年まで東京写真文化館の設立に参画しそのままディレクターとなる。2005年より、ルーニィ247フォトグラフィー設立 2011年 クロスロードギャラリー設立。国内外の著名作家から、新進の作家まで幅広く写真展をコーディネートする。

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