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3F/長期滞在者&more

繰り返し見る/見ることができる

長期滞在者

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17歳の頃、池袋のセゾン美術館で開かれた「表現としての写真150年の歴史」展でエドワード・ウェストンの「Pepper,1930」を見たときの衝撃は今でも強烈です。それから10年と経たない後に、カリフォルニア州カーメルのウェストン邸に自分が足を運ぶことになろうとは、当時は全く想像できないことでした。
ぼくのギャラリーディレクターとしての一番最初の仕事が、ウエストンの作品を100枚買うので、それを使ってギャラリーを開業したいので手伝ってくれ、ということでした。額に入っていないpepperの美しさに心底感動しました。
自分のものではないが、目の前で憧れの作品をつぶさに手に取り、心ゆくまで観察することができました。
現地での検品が終わり、東京の事務所に持ち帰って再び化粧箱を開封してpepperと出会う。繰り返し見ても飽きることはありませんでした。最初の本格的な展覧会の企画は、前期後期に50点ずつ6ヶ月間で100点のコレクション全部を見せてしまう展覧会の企画構成が、ぼくのギャラリーディレクターとしての初現場です。
それから、3年ほど経過し、ウエストコーストの様々な作家や、ニュートンや、シーフといったヨーロッパの作品なども紹介しながら、コレクションを定期的に見せなければならない当時の勤務先の運営方針がつまらないと感じ始めてもいました。まだ27歳くらいだったと思います。
ウエストンや、おなじく70点所有していたアンセル・アダムスのプリントの箱を開けることに正直飽き飽きしていました。だから、なるべく違う企画を考えて、作品を借りてスケジュールを乗り切るというか、そういうことをしていました。
それでも年に1度くらいは、なんとかテーマを捻くり出して、ウエストンを引っ張り出さなければならない。
もう展示しすぎて、搬入作業も面倒臭いという感じで、その気になれば2日もあれば入れ替えはできるのですが、わざと10日ほど時間を開けたりしてノロノロと仕事をしていました。
気乗りのしない額装作業のために、収蔵庫の鍵を開け、いつもの16×20のストレージボックスに手をかけ、作業台まで運びます。ブックマットには、すべてアメリカで購入したときに挟まっていた薄葉紙が挟まっており、これを外さないと、図版の確認ができないので、一枚づつ取り外しながら、今回展示予定の20数枚を収蔵室から取り出していくのですが、薄紙を外して、1年ぶりに対面するウエストンは、やっぱり素晴らしくて、飽き飽きしていた筈なのにいざ実物と対面すると、ため息しか出ません。ぼくも、当時手伝ってくれたアシスタントたちも、しばしその美しさに見とれ、作業の手は止まります。
やっぱり良いものは何回見ても良いものだなぁ、といつものように口に出るのでした。

暗黒の20代でもあり、辛かったけど楽しいこともあった赤坂時代を離れて、日常的にウエストンを間近で味わうことは立場的に無理だと思うのですが、今でも他のギャラリーや美術館で「pepper」が展示されていると嬉しくなります。
今のぼくは、現在進行形の写真家の伴奏者を自称していますので、常に彼らが生み出していく作品をしっかりと受け止めることが第一です。現役の作家さんにとっては、去年発表したものよりも、明日生まれるかもしれない新しいものに興味をもってもらいたいのは当たり前のことで、その気持ちをきちんと理解しようと心がけることが、作家さんへの敬意を払う最初の一歩だと思います。同時にモノを観る立場からすると、将来にわたって読み継がれ語り継がれるべき作品はこれだ、というのは、ぼく達のような仕事に携わる人間がきちんとやらなければならない。どっちかではダメだな、というのが最近感じていることです。
今日も5〜6年ぶりに、元気な顔を見せてくれたスティルライフのシリーズで知られるチャーミングなH先生と、昔話で盛り上がっていたところ、15年ほど前に発表したシリーズの書籍化の話になり、いろいろ現実的な課題があるとは思うけれども、それは実現して欲しいし、何かお役に立ちたいと強く思いました。
もしも背中にも目があるのならば、前を向いて力強く進んでいく作家さんの足取りを追いかけながら、同時に後ろへ過ぎ去っていく美しい光跡を見失わないように背中の眼で確かめるような、欲張りだけど、今どちらもやらねばならない仕事です。

篠原 俊之

篠原 俊之

1972年東京生まれ 大阪芸術大学写真学科卒業 在学中から写真展を中心とした創作活動を行う。1996年〜2004年まで東京写真文化館の設立に参画しそのままディレクターとなる。2005年より、ルーニィ247フォトグラフィー設立 2011年 クロスロードギャラリー設立。国内外の著名作家から、新進の作家まで幅広く写真展をコーディネートする。

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