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3F/長期滞在者&more

第十話 「35歳の加藤くんからのメッセージ」

長期滞在者

35歳の僕は夢のエネルギーで、全身満ち溢れていました。

35歳といえば、もう中年のおじさんと言っても良い年なのかもしれませんが、20代の頃よりも、若さと情熱で生き生きしていました。

 僕は34歳で自分の夢を見つけ、ただひたすら、進んでいました。

僕の夢は「妖怪になること」です。

都内の病院で月給14万円ちょっとの夜勤当直の契約社員をしながら、仕事明けに井の頭公園で、

「夢はかなう!! 

 夢はかないます。

 どんな夢でもかなうのです。

 だから僕は永遠に生きる。

 僕は妖怪になる!!」

と大声で叫んでいました。

友達に僕がいかに妖怪になりたいか、

人間が妖怪になることが、どんなに素晴らしいかを力説しましたが、

何度話しても、何が言いたいか、よくわからないとの事でした。

当時好きだった女性に、僕が妖怪になりたいことを伝えると、

もう二度と連絡してこないでね。加藤くんのやってること、誰かが気持ち悪いって言ってたよ。

と、返事が来ました。

言葉ではうまく説明できないので、僕が妖怪になる活動、略して妖活をしている姿を映像で撮ってもらうことにしました。

早稲田大学の卒業式で、僕が演説する様子を撮影してくれた、友人の映像作家のSが、何本か短い映像を作ってYouTubeにあげてくれました。タイトルは

「加藤君からのメッセージ」

2010年当時、まだユーチューバーという言葉もなかった頃です。

僕の大学時代の恩師、友成真一先生にインタビューして妖怪について語っていただいたり、鉛筆でかいた下手な絵本を読み聞かせしたりしました。 

11本、YouTubeにあげたところで、Sの仕事がいそがしくなり、映像を撮る時間がなくなってしまいました。

誰か代わりにとってくれる人を探していたある日、

綿毛

という不思議なあだ名の女性に出会いました。

綿毛さんは写真を撮っていて、SNSのmixiにアップしていました。

 彼女が撮った猫の写真が、僕は好きでした。

  綿毛さんはTSUTAYAで以前バイトをしていました。落ち込んだ時、TSUTAYAでDVDを借りて映画を見るのが、生きがいだったそうです。

TSUTAYAのバイトの面接で、

もしTSUTAYAがなかったら、私は死んでしまいます

と、答えた事があると話していました。

そんな彼女の夢は、

何者でもない、当時の自分のような人が見て、元気がでる映画を作ること

綿毛さんに、Sが撮影してくれた僕の卒業式の映像を見せると、メールをくれました。

この映像は歴史に残りますね。

と書いてありました。

でも、それに続けて、こうありました。

私の方がもっと面白い映像を撮れると思います。

それじゃあ、綿毛さんに撮ってもらおうと電話をかけて、お願いしました。

2010年の春から夏にかわる頃でした。

よほど自信があるようだったので、映像作品を作った経験もたくさんあるのかなと思っていたのですが、綿毛さんは素人でした。

 カメラも持っていなかったので僕が買ったばかりのiPhone4を貸して、井の頭公園で撮影をはじめました。

僕が公園で「夢はかなう!!」と叫び、綿毛さんがiPhone4で撮ります。

素人の映画監督と妖怪になりたい35歳の男。

2人は、公園で完全に浮いていました。

綿毛さんもいい映像が撮れたと喜んで、公園のそばにある、いせやというオンボロな居酒屋で、打ち上げをしました。

 妖怪活動の後のビールは、すごく美味しくて、トウモロコシを食べながら、次はどんな事をしようかと、ずっと話していました。

 何者でもない2人は、他人には、意味のない事をやっているように見えたかもしれません。

 でも、何か新しいことをやっているんだ、新しい映像をとっているんだ、という熱気がそこにはありました。

それはきっと、

僕と綿毛さんが、本当に生きている瞬間なんだろうなと、

今書きながら、そんな風に思います。

加藤 志異

加藤 志異

妖怪
加藤志異 かとうしい
1975年岐阜県生まれ
早稲田大学第二文学部卒業
絵本ワークショップあとさき塾出身
妖怪になるのが夢。
妖怪になって
世界を面白くするために
神出鬼没の妖怪活動を展開中。

自身のドキュメンタリー映画
「加藤くんからのメッセージ」
(監督 綿毛)が
イメージフォーラムフェスティバル
2012東京.横浜会場で観客賞を受賞。
全国各地で劇場公開。
《公式ホームページhttp://www.yokai-kato.com》

スペースシャワーTV
ナンダコーレ
『読み聞かせグルグルグルポン』
(監督saigart)
出演

絵本の原作に
「とりかえちゃん」
( 絵 本秀康

Reviewed by
佐伯享介

思いついたことを、思いつくままメモに書いている。
いつ書いたものかすっかり忘れてしまったけれど、こんな文章を見つけた。

「不老不死になりたい。死を受け入れるとかいうけどそれは結局あきらめなのではないか」

何をおかしなことを言ってるんだろうと思うかもしれないけれど、今も私は同じことを真顔で言えると思う。不老不死になりたい。このレビューを引き受けたのは、加藤志異さんの「永遠に生きる。僕は妖怪になる」という夢にどうしようもなく共感してしまったからだ。

夢を語る加藤さんの熱が、私にレビューを書かせたのと同じように、周囲を巻き込んでころころと転がって、ゆきだるまのように何かになっていく。今回の文章にはその様子が、的確な表現で、淡々としたおかしみとともに綴られている。

本当は、私たちの行為が他人にとって意味があろうがなかろうがどうでもいい。
「本当に生きている瞬間」の記憶を自らの脳髄にどれほど強く、鮮烈に刻みこむことができるのか。それが勝負だ。「本当に生きている瞬間」の記憶こそが永遠なのだ、などとは言わない。でも、永遠に限りなく近い何かなのではないか。加藤さんの文章を読んで、そんなことを思った。

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