寄席の世界では「つどまり」といって、お客様が一桁だとその日の出し物は打ち切りとなるのだそうです。
「つ」というのは、ひとつ、ふたつ、、、ここのつ、の「つ」で10人に満たないと、やらないということを高座に上がっている芸人さんから聞きましたが、本当にそういうしきたりがあるのかは、よくわかりません。
というのも、あの時の新宿末廣亭はお客様が5、6人しかいなかったのですから。
その日は、とにかく家にいても落ち着かないし、仕事場に行ってもやることがないから新宿の方向へとりあえず歩いてみました。靖国通りは平日なのにガラガラで、コンビニの棚も空っぽです。
末廣亭の前に出ると、支配人らしき人が表で何をするともなく目の前の往来を眺めていました。寄席は開いているように見えました。
「今日、開けてるんですか?」と声をかけました。
「お客さんが来てくれるんなら、開けるよ、ただし、噺家さんが来れないこともあると思うけど」
切符売り場で2500円を払って中に入ってみました。
すでに5人くらいの人が ばらばらに椅子席に座って出し物が始まるのを待っています。
お客様が多いのか、少ないのか、よくわかりませんでした。もちろん普段であれば異常と思われる少なさではあるのですが、その光景に驚くこともなかったです。
その客席の隅っこに腰掛けると、なぜだかとても心が落ち着いていく感じがありました。
当日の演目が何であったのかはほとんど忘れてしまいましたが、腹の底から笑い転げるようなものはなかったと思います。こういう時に、人を笑わせる稼業の人は大変だと思ったりしていました。
その日の主任の噺家さんは、これでは、できないと言って、お客様を全員最前列に集めて短めの人情咄をやってお開きとなりました。
寄席を出た後、誰も来なくても、毎日普通にギャラリーを開けようと思いました。
それから一週間して、クロスロードギャラリーでは斎藤千晶さんが、いつも通り、初日にパーティーを開いてくれました。10名ほどのお客様と写真を眺めながら、お酒を片手に、写真のこと、旅のこと、いろいろなことを話しました。
その場にいた人たち全員が、ものすごく久しぶりに、目の前のもやもやした気分から離れて、久しぶりに楽しいと思える時間を過ごしたと感じました。
なくなってしまうと、やっぱりさみしいな、と思われるような存在として、町の小さなギャラリーをこれからも普通に続けていきたいと、5年後の自分に向かってつぶやいています。