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3F/長期滞在者&more

なくなるとちょっとさびしくなる

長期滞在者

寄席の世界では「つどまり」といって、お客様が一桁だとその日の出し物は打ち切りとなるのだそうです。
「つ」というのは、ひとつ、ふたつ、、、ここのつ、の「つ」で10人に満たないと、やらないということを高座に上がっている芸人さんから聞きましたが、本当にそういうしきたりがあるのかは、よくわかりません。
というのも、あの時の新宿末廣亭はお客様が5、6人しかいなかったのですから。

その日は、とにかく家にいても落ち着かないし、仕事場に行ってもやることがないから新宿の方向へとりあえず歩いてみました。靖国通りは平日なのにガラガラで、コンビニの棚も空っぽです。
末廣亭の前に出ると、支配人らしき人が表で何をするともなく目の前の往来を眺めていました。寄席は開いているように見えました。
「今日、開けてるんですか?」と声をかけました。
「お客さんが来てくれるんなら、開けるよ、ただし、噺家さんが来れないこともあると思うけど」

切符売り場で2500円を払って中に入ってみました。
すでに5人くらいの人が ばらばらに椅子席に座って出し物が始まるのを待っています。
お客様が多いのか、少ないのか、よくわかりませんでした。もちろん普段であれば異常と思われる少なさではあるのですが、その光景に驚くこともなかったです。

その客席の隅っこに腰掛けると、なぜだかとても心が落ち着いていく感じがありました。
当日の演目が何であったのかはほとんど忘れてしまいましたが、腹の底から笑い転げるようなものはなかったと思います。こういう時に、人を笑わせる稼業の人は大変だと思ったりしていました。

その日の主任の噺家さんは、これでは、できないと言って、お客様を全員最前列に集めて短めの人情咄をやってお開きとなりました。

寄席を出た後、誰も来なくても、毎日普通にギャラリーを開けようと思いました。
それから一週間して、クロスロードギャラリーでは斎藤千晶さんが、いつも通り、初日にパーティーを開いてくれました。10名ほどのお客様と写真を眺めながら、お酒を片手に、写真のこと、旅のこと、いろいろなことを話しました。
その場にいた人たち全員が、ものすごく久しぶりに、目の前のもやもやした気分から離れて、久しぶりに楽しいと思える時間を過ごしたと感じました。

なくなってしまうと、やっぱりさみしいな、と思われるような存在として、町の小さなギャラリーをこれからも普通に続けていきたいと、5年後の自分に向かってつぶやいています。

篠原 俊之

篠原 俊之

1972年東京生まれ 大阪芸術大学写真学科卒業 在学中から写真展を中心とした創作活動を行う。1996年〜2004年まで東京写真文化館の設立に参画しそのままディレクターとなる。2005年より、ルーニィ247フォトグラフィー設立 2011年 クロスロードギャラリー設立。国内外の著名作家から、新進の作家まで幅広く写真展をコーディネートする。

Reviewed by
鈴木 悠平

日常が揺らいだあの年、東京にいるわたしたちも「いつも通り」ではいられなかった。
街灯の明るさ、人通りの量もぐっと少なくなり、いつも慌ただしいこの街のテンポが、ぐっと重たくなったのを覚えている。

それでも劇場は「いつも通り」に開かれていた。

お客さんの数はずっと少ない。
演目もいつもと同じというわけにはいかなかったようだ。

それでも、「いつも通り」にここにいること、ここにいていいんだという場所の存在に、
当時のわたしたちは救われたのだと思う。

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