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3F/長期滞在者&more

面白いことの重ね塗り

長期滞在者

アイデアはいつも泉のように、こんこんと湧き出てくるもので、それは決して枯れることはない。ずっと昔、写真家のイモジン・カニンハムについての研究をしていた頃に、アメリカから寄せられた資料の中に入っていた言葉はとても印象的です。なぜなら彼女は大学生の頃に初めて写真機というものに出会い、キャンパスの裏山でセルフポートレートを撮って以来、93歳で亡くなる直前まで、70年以上にわたり常に新しいことにチャレンジしていました。長いキャリアの中で生み出された作品の多くが、後々まで写真表現の様式として、ルーツと呼ばれ、多くのフォロワーを産み、イモジンの作品を連想させる数多くのオマージュ的な作品が世に出回っているのですから、凡人の思いつきレベルを軽々と超えています。そういう人からさらっと言われると、ぐうの音も出ない。

若い頃は確かにアイデアというのは、労せずにで出てきたような気がする。歳とともにだんだん、ひねり出し、絞り出すように、やがては絞ってもほんのひと雫しか出てこないことだってほとんどです。それでもなお、無から何かを生み出す以外に、ぼくが生きていける道はないことは嫌という程自覚しているので、若い頃よりも時間がかかろうが、発想のクオリティーが低かろうが、とにかく出し続けるしかないのですが、様々な作家さんと交流をしていると、ぼくのような苦しみなど一体何のことか?と言わんばかりに揚々と面白いアイデアを次から次へと繰り出す人がいます。

ミーティングの時でも、あることをキッカケに、一人は言葉がポンポン出てくる、またある人は、その辺の適当な紙きれに、鉛筆でさらさらとスケッチで頭の中のビジュアルイメージを具体的に示すことができる。芸術学部出身の割にたいしたモノも残せなかった自分には大きな憧れももちろんあります。多くの人に言わせれば、それもひとつの才能だよと。

確かに天賦の才とはいうけれど、そういう人たちの振る舞いをみていると、筋肉と同じように、それが衰えないような、脳トレのようなことをしているようにも見えます。例えば展覧会の準備のためのミーティングにおいて、面白いことの重ね塗りするように、次から次へと、アイデアを繰り出す。たとえよくないアイデアだったとしても、とりあえず出してみる。何しろ重ね塗りなのだから、よくないアイデアが塗り重ねられて見えなくなるまで、次のアイデアを重ねていけば良いのです。心の内側から湧き上がってくる何かを、自分の中で否定せず、出してみる。出さずに呑み込んでしまう癖がつくと湧いてこない。中途半端な才能の持ち主であるぼくが、長年の観察の結果導き出した答えのひとつです。だからなるべくそういう心がけを持ちながら、枯れかけたアイデアの井戸から何かを取り出そうとしています。

そしてやっぱり楽しいことの重ね塗りに夢中になっているベテランの作家さんの姿はリスペクト以外の何でもないのです。

篠原 俊之

篠原 俊之

1972年東京生まれ 大阪芸術大学写真学科卒業 在学中から写真展を中心とした創作活動を行う。1996年〜2004年まで東京写真文化館の設立に参画しそのままディレクターとなる。2005年より、ルーニィ247フォトグラフィー設立 2011年 クロスロードギャラリー設立。国内外の著名作家から、新進の作家まで幅広く写真展をコーディネートする。

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