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3F/長期滞在者&more

別の山へ

長期滞在者

本稿のレビュアーを務めてくれている盟友藤田莉江さんが、前にも紹介した通り、毎月一回二人展を敢行し、それを一年続けるという修行のような企画をとうとう完遂。しかもラスト十二回目は個展というハードな旅路を終えられました。
僕も「七番槍」で参加させていただいたのは前にここに書いた通りです。
残念ながら僕は十二回中二回だけどうしても都合がつかず観ることがかなわなかったのですが(申し訳ない)、それでも観ることが出来た十回分だけでも、よくぞまぁ。手を変え品を変え、彼女の引き出し総動員でいろんな世界を見せてもらえました。敬服します。
まずはお疲れ様。そしてまたいつか僕と三回目やりましょう。

前にも書いたかもしれませんが、僕も二人展が好きなのです。
だからといって毎月やる勇気も根性もありませんが。
これまでも藤田莉江さんと二回、兒嶌秀憲さんと二回、野坂実生さんと二回、勝山信子さんと二回、ソフィーさん、中村浩之さん、大木一範さん、タスミケンさんと各一回。
個展は自分一人の世界を作ればいいだけですが、相手のある展示は相応のたくらみや駆け引きが入ります。対戦相手と厳密な擦り合わせは実はそんなにしないのですが(搬入当日にどんな写真展になるのか初めてわかる、という楽しみを捨てられない)、それでも二人展というからにはバラバラ勝手に好きなようにやるわけではなく、二人揃っての壁面で何かを作らねばなりません。

大木一範さんとの『GACHINKO!』(2008.5)では、大木さんのギャラリー(ギャラリー・マゴット / 大阪・四ツ橋にあった)でたまたまキャンセルで空いてしまった二週間先の週に「それじゃその週に二人の対決展やりますか」と僕が提案。ルールは「すべてこれから二週間の間に撮った新作で、枚数・手法自由」という突貫企画でした。
僕は職場の倉庫に転がっていたペンタックス67(中判カメラ)+105mm F2.4レンズを提げて10日間街中を徘徊したのですが、重量級(カメラとレンズ合わせて2.5kg)の機材だったため途中で腰を痛め、立つのもやっとの状態で二日間暗室に籠り、脂汗を垂らしながら四切のRCペーパーに焼き付けました。あんな苦しい暗室作業は初めてだったな。
開催前日搬入に行くと、大木さんも僕も打ち合わせしたわけではないのに枚数も同じ47枚ずつ。息もぴったり。なかなか壮観な対決展になりました。

(当時のチラシ? の原稿がPCの片隅から出てきました。)



タスミケンさんとの『16×2』(ギャラリー・マゴット / 2011.9)は、ちょっとオタッキーな二人展でした。
タスミさんも僕もグレン・グールドのバッハ・ゴルトベルク変奏曲が好きなのですが、DMも1955年録音盤のレコードジャケット風に作り、ゴルトベルク変奏曲のアリア(主題)→ 30の変奏曲 → アリアに回帰、という形式を真似して、しかも81年盤のレコードが三曲ずつテンポ感をそろえてまとまりにしているのをヒントに、
タスミさんの冒頭写真(アリア)、カマウチ三枚、タスミ三枚、カマウチ三枚・・・
の交互に写真を展示、僕の写真で終結させるという・・・まぁグールド・ファンの自己満足感しかない、誰にわかってもらえるのか、みたいな展示にしました。いや、誰もわからんだろ。特に説明もしなかったし。
青いな、僕もタスミさんも。でも楽しかったです。

(知ってる人はわかってもらえる、グールド55年盤へのオマージュDM 。)



勝山信子さんとの一回目の二人展『タイトル未定』(2016.2)は、僕の写真と勝山さんの写真を完全に混ぜてしまい、どちらの写真と明記せずに一緒くたにして壁面構成しました。
そもそもが撮る眼の似ている二人で、もし一緒に並んで歩いたら被写体を取り合ってケンカになるのでは、みたいに言われていたので、いっそのこと混ぜちゃえ、という話になったのです。
壁面配置はギャラリー・ライムライトの兒嶌秀憲さん。一晩かけて、凄まじい壁面に仕上げてくださいました。あれはもう勝山・カマウチ&壁面士兒嶌の三人展と言っても良いかも。
普段から僕や勝山さんの展示を良く見てくれている人でも「どっちかわからん」との声が多く、たまに自信満々に間違えてくれる人もいて、なかなか痛快な展示でした。
翌週たまたま展示キャンセルが出たため、上下階に二人それぞれの写真を分けて再展示しました。分かれた壁を見て「えーっ!」と意外な答え合わせの声を聞くのも面白かったです。

(当時のDM 。刷ってから痛恨の曜日ミスに気付いたという苦い思い出。。。これは曜日修正版ですが)



野坂実生さんとは『Quodlibet』というタイトルで二回展示をしています。一回目が大阪・心斎橋のアクリュ・ギャラリー(2014.3) 、二回目が東京・池ノ上のQUIET NOISE(2017.12)。
quodlibet (クォドリベット)は音楽用語で「二つの別の歌を同時に歌う」こと。
ストレートなストリートスナップの僕と幻想的な作り込みを得意とする野坂さんでは全く作風が違うのですが、並べると案外相性が良いかも、という予感がありました。
野坂さんの空想力を自由に飛ばせるために、僕はあえてダークトーンの写真群を用意。上下二列に並べて展示し、上段はメロディライン担当の野坂、下段がベース奏者カマウチと役割を分担。途中にある奥まった壁面だけ野坂さんの写真なしに僕の「ベースソロ」が入るという、搬入を手伝ってくれた成田貴亨さんのアイデアで、とても音楽的な空間が実現しました(一回目のアクリュでの展示)。
幸い好評を得て、三年後に東京QUIET NOISEでもう一度野坂さんと組みました。池ノ上の駅そば線路沿いにあるギャラリーで、電車が通るたびにきらきらと車窓からの陽光が反射して壁面に動きが出る、素敵なギャラリーでした。



ところで藤田莉江さんの連続二人展に話を戻しますが、僕は個人的には十一回目(今年一月)の展示が一番好きでした。
莉江さんは自宅にも暗室を構えているし、根城たるギャラリー・ライムライトの暗室もよく出入りしてるし、モノクロ銀塩プリントは昔から「デキる人」なのですが、今回はあえてのデジタルカメラ撮影+デジタルプリントのモノクロ展示でした。
「暗室の人」というイメージもあり何人か「銀塩でしょ?」と間違える人もいたらしいです。それくらい素晴らしいプリントだったのですが、僕はしばらく見た後に(自慢するわけではないですが)デジタルだとわかりました。画面の解像感、緻密さが見慣れた銀塩プリントと違っていたからです。
今やデジタルカメラの解像感は135フィルムのそれをはるかに凌駕し、フィルムの中判カメラの精緻さに拮抗していると思います。そして中判カメラとは使われるレンズの焦点距離が違うので、中判銀塩よりも短い焦点距離で同じ解像感を作れるのが今の35mm版デジタルカメラです。昔はフィルムの面積で出していた精緻感を、今は相対的に短い焦点距離と絞りすぎない絞りで出せるのだと再確認しました。

以前はモノクロ写真といえば、出来るだけ大きなフォーマットのフィルムで撮られたバライタ印画紙のファインプリントを範として、デジタルでの撮影もそれを目指していた感じがします。理想的な白黒プリント、という確固たる山がうしろに聳えていた。
今はもう、別の山に登る気概で、デジタルカメラによる新しいファインプリントを堂々と目指せばいいのではないか。莉江さんのプリントを見てそう思いました。
天井知らずに高騰するフィルムや印画紙の値段を憂い、一枚一枚宝物のようにシャッターを切る、というのではなく、もうデジタルによる新しいモノクロプリントを極めるフェーズに移ったらいいんだな。今さらですがそういうことを考えました。
僕はもうモノクロは別にいいかな、とも思ってたんですが、あれをデジタルでやれるんなら、もう一回頑張ってみてもいいかも、と思い直しています。

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