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2F/当番ノート

Fabienne Verdier & Gesine Arps, two artists that I admire.

当番ノート 第32期

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フランス人で画家であり、書家でもあるファビエンヌ・ヴェルディエのことはアトリエで知り、画家のジェジンヌ・アルプスのことは、ある日、パスの中からふと目に入った、画廊のウィンドウで知った。

ファビエンヌ・ヴェルディエについて、詳しいことは是非、彼女自身による中国滞在記であるベストセラー「静かなる旅人」を読んで欲しい。一部、涙なしには読めない箇所があり、私も書をする人間として、怒りと悔しさで涙が出た。読み終わらないうちから、文化革命後、まだ外国人がほとんど暮らしていない中国、それも四川へと渡った彼女の勇気と力強さに圧倒される。そしてその力強さは、フランスへ戻ってきて、郊外に建てた自宅兼アトリエで、何本もの重い筆を束ねて天井から吊るした特大の筆で再現される、代表作である「一」の字や、禅でいう「円相」に、有り余る程表現されている。

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ジェジンヌ・アルプスについて…ドイツ語は分からないので、正しい読み方がジェジンヌ・アルプスで合っているのかどうか、少々不安なのだけど、あれはまだ市内に住んでいた頃、お稽古の帰り、ぼーっとした頭でバスに乗っていると、サンジェルマン・デ・プレを抜け、ポン・ヌフを渡るポイントへと差し掛かった。信号待ちでバスが止まる。ふと右を見ると、この辺りは特に画廊が多いので、特段珍しいわけでもないが、特に広そうなその画廊のウィンドウに、一枚の赤い絵が飾ってあるのが目に入った。赤い絵なのに、これは私には立派な夜の絵だった。昼間ではない。

外が暗いからだろうか、照明のせいだろうか、その絵はぼおっと浮き立っているように見えた。そしてどこまでも拡がる様な空想の世界、まるで、男の子が夜眠っている間、頭の中を覗いて、少年の見る夢の世界へ旅しているような…そんな感覚があった。バスはまた走り出した。周囲の景色と相成って、その絵は非常に馴染んだ。

次にまたあの画廊の前を通る時は、絶対に降りて、あの絵を直接見よう。そう決めていた私は、翌日、自分への約束通り、バスを降りると気になる絵の前まで行ってみた。ビルやアパートの窓が立ち並び、なぜだか数字まで描いてある。それも私の好きな3だ。ますます訳が分からない。けれど、これはアートなのだから、必ずしも理解できなくたっていいのだ。私はますますこの絵のことが好きになり、そのまましばし立ち止まって、絵の中の世界へと入り浸った。

ふと見ると、絵の隣には画集が置いてある。Gesine Arps. 見慣れない綴りの名前を、必死につぶやいてみる。よく見ると、この画廊はこの画家の絵でいっぱいであった。あちらには青い絵、あちらには緑の絵。小さめで、黄色い絵もある。どれも、夢の中の世界を描いているような画風。

一目見るだけで、まるでどこか別の国へ連れて行かれるような、トリップするような、そんな力がある。ふんだんに使われた金色のせいで、眩しい。私は無論、この赤い絵が欲しくなったけれど、こんな画廊で売られていることだし、相当高いのだろうと思って、画家の名前と黄色い画集があったことだけを記憶すると、興奮気味に夫にそのことを話した。

早速二人でGoogleで検索してみる。義理の母や姉にも話してみたが、みんな気に入ってくれた。後日、夫がこのギャラリーへ行き、あの赤い絵の値段を聞いてくれたのだが、それは私達が覚悟していた以上の値段で、二人の貯金のなけなしを合わしてもまだ足りないような額だったので、私はたやすく諦めることとなった。

その年の誕生日、夫が画集をプレゼントしてくれた。あの日ウィンドウで見た黄色い、分厚い画集だ。見ると二部ある。オーナーの話では、「これからもっと人気が出てくる作家の一人ですよ」とのこと。本人はフランスとイギリスの間にある、島で暮らしているらしい。ドイツ出身だということも分かった。

いつかこの島へ行って、ご本人に会ってみたい。そして欲を言えば、直接買ってみたい。フランスに来て、ヴェルニサージュがあったり、ギャラリー街をうろうろするような用事が増えたこともあり、私は自然と、いつかよっぽど気に入った絵なら、買ってみたいと欲を覚えるようになった。夫は私があの絵をすごく気に入ったことを知っているので、ちょっとでもお金が溜まると、「ジェジンヌ・アルプスの絵、買う?今だったら買えるよ」と何度か優しく提案してきてくれたけど、貯金を全部はたいて買うのには、やっぱり躊躇してしまう。買ってもまだお金が残ればいいですけどね…。そういうわけには行かない。(余談だけど、画廊には金額の50%が入る仕組みになっている…!ひょ!)

岡﨑 真理

岡﨑 真理

文字でも文章でも、書くことが好き。ことばが好き。外国語が好き。でも、日本語も好き。アナログも好きで、デジタルも好き。2011年よりパリ在住。

Photo by Shun Kambe

Reviewed by
高松 徳雄

人との出会いも偶然だが、芸術との出会いもこれまた偶然。

パリでバスに乗っていた時、ふと画廊に掛かっていた絵が気にかかり、いろいろ調べると、フランスとイギリスの間にある、とある島に暮らしているアーティストの作品だということがわかるなんて、なんとも映画のような展開。
ただしそういった出会いも、常に、おそらく無意識の内にアンテナを張っていればこそ。
そういった資質が備わっている人がアーティストなのかもしれない、と思ってしまった今回の真理さんの記事です。

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