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3F/長期滞在者&more

自転車でゴー

長期滞在者

今日は夕方から天気が荒れるという予報。こんなにすっからかんに晴れているのにな。
夜大荒れだからといって、今使いもしない傘を持って電車で通勤するのは、どうにも楽しくない。

ああ、自転車に乗りたい。

こんなことをつぶやく自分にびっくりする。
お前そんなに自転車好きだったか(笑)。

実際、例年になく寒かったこの冬、ほとんど通勤に自転車を使わなかった。使えなかった。加齢は確実に根性を蝕む。なんだか寒さに年々弱くなる。
写真を業としているが、カメラマンというのは案外写真を撮っている時間というのは少ないものである。一日の大半をPCの前で過ごしてる。昔はフィルムを現像し、上がったネガをスリーブに切り、ベタ焼きを作り、ダーマト片手にセレクト作業をし、明日の撮影分のフィルムを詰め・・・と、撮影以外の時間も何かとちょこまか動いていたものだが、今は撮った後の作業はほぼすべてPC机の前で進行する。
撮影の時間以外に体を動かす時間があまりない。
せめて通勤に自転車を使って体を動かそう、と5〜6年前から自転車通勤をはじめた。
片道9km、35分ほど。行き帰りに写真が撮れる上、まじめにやればそれなりに運動になる。
ところが、50歳をこえて、その「まじめにやれば」がなかなか難しくなってきた。寒いとか暑いとか。なかなか億劫になってくるのである。つい電車に乗る。
精神が弛緩している。もちろん肉体も弛緩している。

これではいけないと、暖かくなったことだし、気合を入れ直しまた自転車に乗り始めたのだった。
ところが久々に乗ったら、ギアとチェーンの具合がよろしくない。時々カックンと途中で勝手に切り替わったりする。突然に来るから精神衛生によろしくないし、派手にギアが狂ったりしたら腰を痛めそうにもなる。
買った自転車店に相談したら、チェーンとギアの歯が両方摩耗しているせいで、一式換えたら1万2千円かかりますという。
今乗っているのは3年前に買った自転車で、クロスバイクと言えばクロスバイクだが、実質はママチャリに毛が生えた程度の安価なものだ。某量販自転車店の自社ブランド品で、値段は3万円を切るレベルの自転車である。
社名は出さないが、週末号、みたいな名前の自転車といえばわかる人もいるだろう。
3万円以下の自転車にかける修理費としては1万2千円はなかなかデンジャラスである。

この自転車を買ってから3年。思えば苦難の連続だった(などと少し大げさに書いてみる)。
クロスバイクにしては安い品物を買ったのだから当たり前、そう言われればそのとおりである。
ともあれブレーキ、タイヤ、変速、数々のトラブルを経験した。
安い自転車はどうして安いのか。それは安い部品を使うからである。知ってて買ったのだから文句は言ってはいけない。とはいうものの、これだけ苦労するとは正直思っていなかった。
安物買いの銭失いと昔から言うが、とにかく、今まで修理・調整・交換に投じた金額はもう勘定するのも面倒なくらいである。チェーン店だから対応してくれる店員さんの質にも毎回かなり差ががががごごごご×△□○☆(自粛)。

いっそちゃんとしたものに買い換えるか、と考えた。
同僚の女子の乗ってくるビアンキがカッチョエエ、と思ったことも事実である。
そんなオッサレーなものは似合わないから、もうちょい質実剛健な車種とかも調べた。6〜7万円くらい出せばそこそこちゃんとしたものが買えることも知った(アラヤのフェデラルとか)。
熟考した。

で、結局あと3年このまま乗ると決めたのである。
今チェーンとスプロケ(ギアの歯)を換えれば、あと3年後にまた同様に傷んで交換時期が来るだろう。その時まで乗る。
ブレーキやタイヤ関連は数多い不具合と修理を経て、今一応ちゃんとしている。やっとである。ほんとにやっとである。
職場の駐車場は雨にも濡れるし、あまり良いものを買っても仕方ないだろう、という事情もある。むしろそんな濡れ放題の環境でよく頑張ったともいえる。健気ではある。そう考えれば多少の情もわく。

そして、そうこう考えるうち、この自転車の、おそらく唯一の美点に気づいたのである。

この自転車は盗まれない(多分)。

これは凄い美点なのではないか!

いい自転車を買ってしまったら、コンビニでドラ焼き買う間すらドキドキしてしまうだろう。が、この自転車を盗むやつは、おそらくいない。自転車など盗まれて当然のようなこの尼崎市に住んでいてさえそう思える。盗んで儲かる自転車ではない(酔っ払いが勝手に乗っていくのは逆にもっと安価なママチャリだし)。
無事これ名馬という。盗まれる心配のない自転車は、それだけでもう名車なのではなかろうか。

何か美点が一つあれば、いくつかの欠点には目をつむることができる。人間関係でもよくある話である。
むしろその一点のために、周りが見えなくなったりする。そういえば恋とはそういうものだったと遠い目をしてみる。
何だか、急に「誰も盗らないクロスバイク」という一点突破な魅力が、どどんと輝きはじめたのだ。
別にこの自転車に恋しているわけではまったくないのだが
こんな部分に魅力を感じられても、作ったメーカーは複雑だろうか。
いやいや、なかなか真面目に、これがこういう自転車の存在意義なのではなかろうか。
かたくななまでにそっけない外観上の特徴のなさも、そう考えれば犯意を催すきっかけすら与えぬ名デザインに見えてきた。

あと3年乗るのだ、と決めたら、急に愛が涌いた。
今まで苦労してきた分、急に浮上してきた美点の、その高度差に、たぶん浮ついているのである。
ろくにしなかった車体の掃除ももうちょっとまめにしよう。雨の日にも乗れるよう泥除けもつけよう、と、いろいろ考えている。
乗りたくて足がウズウズする。
なんでこんなときに雨の予報なのか。
トラベル三脚を常時積めるようにキャリアの改造もする。クロスバイクに荷台付けたらかっこ悪いやん、みたいなことも考えずに済むのが良い。すごく良い。

いい自転車じゃないか、と思えてきた。
ちゃんと修理に出すからあと3年、頑張ってほしい。

・・・・・・

自転車というのは自分の脚力、というか、移動能力の拡張装置だ。
昔、学研の付録についていた、元絵をなぞって拡大するパンタグラフ状の器具を思い出す。元々はちゃんとした製図用具のようで、その名もまさしくパンタグラフというらしい。
任意の倍率に、元絵をなぞりながら拡大できる。
自転車のペダルをこぐ足の力が、歯車を通じて車輪に伝わり、地面に繋がり、自分の足の何倍もの速さで体を運ぶ。パンタグラフよろしく僕らの移動能力を拡張する。
地面の上にパンタグラフで自分の移動を拡張して描くイメージ。歩幅が一気に広がる幻想。
テコとか歯車とか発明した人類ってやっぱり凄いよなぁ。

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カマウチヒデキ

カマウチヒデキ

写真を撮る人。200字小説を書く人。自転車が好きな人。

Reviewed by
藤田莉江

ふと気になった都道府県別の自転車所持率ランキング。
調べてみたら、わたしが見たものの1位は京都、2位が大阪であった。
ベスト10入りはしていなかったけれど、街を見ていると、兵庫県も大阪寄りの地域は自転車所持率もそこそこあるんじゃないだろうか。
多分、わたしもカマウチさんも、自転車所持率の高い地域で生まれ育ち、生活してきている。

極端な坂道が頻発するわけでなく、入り組んだ小さな路地がたくさんあり、街中では自動車が無くともあまり問題無く生活できる。むしろ駐車場の方が問題になりがちみたいな地域で、自転車は重宝されるし、納得の結果である。

自転車保持率の高い大阪でも、自転車に乗れない大阪っ子も勿論いる。

いるのだけど、そうなると一緒に行動ができない。
自転車に乗れない関西っ子は割と大きなハンデがあったりした。
ちょっとクレープを食べに行くとか、大きな本屋さんに行くとか、友達の誕生日プレゼントを買いに行くとか、そういう時の団体行動に入れない。

中学になれば、部活で他校との試合には自転車で行くことなんかは多い。
わたしはテニス部だったのだけど、私立とかの、ちゃんとしたテニスコートを持っている学校で試合する時のために人工芝のコートやクレイコートに慣れるため市民公園などへプチ遠征も時々していた。勿論自転車移動だった。

高校は自転車通学は半数以上だったと思う。
わたしも往復10kmを3年間毎日こぎ続けた。

環境がそんなだから、自転車は割と必須なんじゃないかと思う。多くの地域の関西っ子には。
そりゃ、ランキングも上位になるのも仕方がないというか。

だが、だからこそ子供の頃から自転車は「楽しむ」ものだと全く思っていなかったし、ただ黙々とこぐだけのものだったけれど。

今でこそサイクリングを楽しく思うし、「趣味が自転車です」という人もチラホラまわりにいて知っているし、自分も写真を撮るために特に目的地に行くため以外にも「どこか」へ足を伸ばしたい事がある。そして生活のなかにすっかり自転車移動があるから、知らない地域も自転車で走ることができれば、急に親しみを感じたりする。自転車がわたしも好きだ。

人生で何度自転車を放置して撤去されては引き取りに行ったかわからない。
乗りつぶして、何台買ったかも覚えていない。
弟に借りてマウンテンバイクに乗った事はあるけど、いつだって買って乗るのはママチャリ。
スーパーの袋を山盛りに3、4ついっぺんに軽々運んでくれる頼もしい相棒。

関西のオバちゃん見習いとして子供の頃よりさらに必須感が増した。
しかし引っ越して間もないわたしは今、マイ自転車がない。

わたしだって明日にでも自転車でゴーしたい。
気持ちよく風をきってぐんぐん走る素敵な乗り物として、ではなく、歩けないことはないけれど少し遠いし、駅の位置的に電車に乗るまでもない微妙な距離の職場への通勤手段として、切実に、だ。

お察しの通り、カマウチさんのような愛情はないけれど、自転車、乗り物としてというよりも道具として、頼りにしているし、愛用している。

なぜ自転車はこんなかたちで転ばず走るんだろう、とか、一度乗れたら忘れないのもなんでだろうとか、そういうことを考えつつ、みんなも自転車でゴー、かな。春ですし。

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