入居者名・記事名・タグで
検索できます。

3F/長期滞在者&more

アオダイショウ

長期滞在者

大学時代に4年間を東京で過ごしていた頃、金が無くとも長くいられる場所として、様々な公園に足を運んだ。

名の知れた都内の公園はその当時に全て制覇したと思っていたが、なぜか石神井公園に行きそびれていた。

現在住んでいる最寄駅から1時間以上かかるものの、乗り換えなしで行けることに気付き、先日石神井公園を訪れた。

公園を歩いていると、散歩というよりも、水中生物を捕まえる用に網や水槽を持ち歩いている親子を多く見かけた。

「うわぁ、何かいい雰囲気やなぁ」と微笑ましく歩いていると、突如1m以上の巨大なヘビを手に取った少年に出くわした。

微笑ましさから一転して度肝を抜かれるような光景を目の当たりにし、まるで漫画の世界に入り込んだような、もしくは自分が東南アジアのどこかの国にいるような気持ちになり、驚きを通り越して、マスクの下で歯が見えるくらい思い切り笑ってしまった。

同じく近くで呆気にとられていた、私と同い年ほどの親御さんが、「え、どこで見つけたの?危なくない、大丈夫?」と少年に声をかける。

「普通にそのはしっこにいたよ。アオダイショウやから毒無いし、ちゃんと僕が首掴んでるから大丈夫」と返答し、その後「見てみてーアオダイショウ捕まえたー!!」と別の子ども達のグループの方へ走っていった。

少年はアオダイショウを掴んだまま公園内を歩き回り、子ども達や大人達に見せて回っていた。自転車で通りがかった大人たちも、まさか少年が生きたヘビを持っているとは思わず、二度見をして、非常に驚いていた。

日本ではなかなか見られないような光景なのでぜひ写真を撮りたいと思ったが、少年に「一枚写真撮ってもいい?」と尋ねることができなかった。

確実に20以上も年は違うであろうが、その少年に畏敬の念を抱いた。私が少年と同じ頃はビビりで度胸も無くヘビを掴むことなど到底できなかったであろうし、今とてヘビを掴むのは気がひける。

生まれつき持っている玉が違うのか、将来少年がどんな大人になっていくのか勝手ながら楽しみな気持ちになる。

アオダイショウを捕まえた少年から離れ、1本道路を渡った先にも大きな池が拡がっていた。私が石神井公園だと思っていたところはまだ周縁部で、この大きな池がある方が石神井公園の中心部であったようだ。

この中心部には、子どもが中に入って生き物を捕れるような水場は無く眺めるだけの池しかないため、子ども達の姿は少なく、一方で老夫婦、カップル、ランナーなど大人が多かった。

中でもベンチでピクニックをしていた海外のカップルに対して、「道路の反対側で、自分の背丈ほどもあるアオダイショウを片手で持ち歩く少年がいるよ」ということを伝えたかった。

その日の夜、何度もアオダイショウの写真を撮らせてもらえばよかったなと思い、誰かがSNSであの少年とアオダイショウの写真をアップしていないか、Twitterで「石神井公園、アオダイショウ」、「石神井公園、ヘビ」と検索をかけたが、あの少年と巨大なアオダイショウの写真は出てこなかった。ただ、その代わりに石神井公園でのアオダイショウの目撃情報・写真がたくさん出てきた。石神井公園は、ヘビにとても身近な公園であったようだ。

その3週間後、久しぶりに映画館で映画が見たくなり、家の近くの映画館で上映されている作品を検索した。

ちょうど台湾の侯孝賢監督の特集をしており、いくつか見たことのない作品も上映されていたので、密にならない平日のレイトショーを狙った。

おそらくコロナ禍の影響からかシネマリンでもオンラインで座席の予約を受け付けており、確認したところ席は余裕があったので、安心してテレワークを早めに切り上げて馬車道駅に向かい、そこから15分ほど歩いた。

私が見た『風櫃の少年』という映画も、上映スタートから2時間弱の間、自分自身が台湾(というより風櫃という地名の漁村)の中に溶け込んでいくような、日頃の瑣事を忘れる映画であった。改めて、日常を離れて異空間に連れて行ってくれる映画館の必要性を感じた。

映画館を出ると、すぐ向かいにコインランドリーがあった。中には、現場仕事の帰りと思われる職人さんがいた。映画の余韻に浸りながら、映画館の出口で少し佇みながら眺めていると、その職人さんが折り目に沿って洗濯物1つ1つを丁寧に畳んでいた。その姿に、自分自身の尻を蹴られるような、気合いを入れられる思いになった。

翌日も朝から仕事だったので、早めに帰宅しようと馬車道駅まで速足で戻っていったが、戻る途中で、石神井公園でアオダイショウを手に持つ少年を目撃した時に抱いた「残したい光景に出くわしたら残す」ことが頭をよぎり、映画館の前のコインランドリーまで引き返した。

戻った時には既に職員さんはいなかったが、職人さんでは無くその場所を写真に残しておきたく、一枚だけスマホで撮影した。

トップへ戻る トップへ戻る トップへ戻る