長期滞在者
振り返ってみると咳ばかりしている六月。流行り病じゃなくて良かったと一安心したのも束の間、咳喘息の治療が長引いている。 季節の流れや人の気配を家のなかにいるとより感じる。数年前に過労で寝込んだときも、一所で感じられるものを噛み締めていた。畳の湿った匂いや、庭ですくすくと育ってしまった草の青さを何度も自分に焼き付ける。ぼんやりしていると、自分がそのまま消えてしまう気がするのだ。 花を買って自分を慰める…
長期滞在者
毎年6月になると、低気圧のせいか雨のせいか、十分な時間は寝ているものの睡眠がきちんと取れていない気分になる。 例年通り今年も安眠にはほど遠く、朝はすっきりしないが、今年はヨーロッパの各国サッカー代表によるEURO大会が行われているので日々の楽しみが少し増えている。試合の時間帯が、日本時間の深夜1時もしくは4時であるため、リアルタイムで見ることは諦め、朝起きて、朝飯を食べながら早送りして試合を見る。…
長期滞在者
35歳の僕は夢のエネルギーで、全身満ち溢れていました。 35歳といえば、もう中年のおじさんと言っても良い年なのかもしれませんが、20代の頃よりも、若さと情熱で生き生きしていました。 僕は34歳で自分の夢を見つけ、ただひたすら、進んでいました。 僕の夢は「妖怪になること」です。 都内の病院で月給14万円ちょっとの夜勤当直の契約社員をしながら、仕事明けに井の頭公園で、 「夢はかなう!! …
長期滞在者
この身体が動くからこそ、私はマイクの前にいることができる。ストップウオッチを握って、イントロの秒数でおさめる曲紹介の緊張に鼓動を高め、スタッフと真剣に言葉を交わして番組を作って、収録を終えたときの安堵と体温の高まりを感じられるのも、生きて、健康な身体があるからこそだ。 2015年。戦後70周年を考えるラジオ番組『THINK OF TOMORROW』を制作したときに、漫画家の水木しげるさんに「希望を…
長期滞在者
旧知のM君が写真集を出版した。以前から『IMA』などに採り上げられているものも見ていたし、何度か展示を見たりもしているけれど、実のところ、いつも彼の写真はよくわからない。そもそも「写真」かどうかもわからない。フォトグラム(本来は印画紙の上に物体を置いて直接露光したり、カメラを使わずに画像を生成する手法)の亜種、という説明だが、その説明では何が何だかさっぱりである。最近のものを見ると、まるで電子顕微…
長期滞在者
ルーニィは、5月18日以降いつも通りの営業を再開していますが、来場者数はいつもの2割くらいで、とても静かな毎日です。というか、今年の入ってからずっとこんな感じだったような気がしています。ぼくにしたって、いつも観て歩く展覧会の半分も回れていないわけですから、どこも空いているようです。 15時ごろに近所のギャラリーにちょっと立ち寄ると、今日最初のお客様です、なんて言われることもしばしば。事業継続のため…
長期滞在者
祖母が死んだ。感染症のこともあり、私は葬式に参列しないことになった。死に顔を拝めず、見送りもできない。死の実感がないまま過ごしている。 原因不明の咳が続く。なんとか生活しているというより、生活があるおかげでかろうじて寝起きしている。日常のありがたみをこれまでは感じてきたけれど、こんな日常を送っていていいのだろうかと今は疑問に思う。汽車はずんずんと進んでいるのに、途中線路の上でバラバラの部品になるの…
長期滞在者
人と話すのがとても苦手だ。テンポの良い言葉のキャッチボールというのが難しい。気が利いたこともなかなか言えない。「おはようございます」と「こんにちは」も上手く言えなくて、先日、モネの夕方の散歩でいつも会うポメラニアンを連れたおじさんに「おはようございます!」と言ってしまった。私とモネの後ろに長い影ができていた。 気の利いた褒め言葉がぱっと出てくる人は羨ましい。私自身もそうだけど、やっぱり褒められると…
長期滞在者
本を読むとき、それが旅をテーマとする小説であれば、家の中で読むよりも移動しながら読みたくなる。そして、出来ることならば、小説の舞台に可能な限り近い場所で読みたい。 茨城県を舞台とする小説を読むために、普段ほぼ使うことのない常磐線に乗り込んで読み進めていった。時々車窓を眺めながら、心温まる小説の世界にどっぷり浸かった幸せな状態でページを捲っていると、残り数ページのところで突然大きな喪失が訪れる。 こ…
長期滞在者
夜、ウォーキングしていると、目の前の暗がりを貧相に痩せ汚れた猫がゆっくり横切っていった。かなり老齢なのだろう、足どりに力がなかった。途中近づいていく僕にも気づいたようだが、警戒するでもなく、気だるげに一瞥をくれただけでそのまま暗がりに消えていく。 僕はそのときiPodの音楽をランダム選曲にしてイヤホンで聴きながら歩いていたのだが、その老猫が横切ったときたまたま流れていたのはセロニアス・モンクの「A…
長期滞在者
どうしようもない困難が続く日々だけど、ここには確かに幸せがある。 2021年4月25日。新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、東京、大阪、兵庫、京都を対象に、3回目となる緊急事態宣言が出された。 2021年4月29日。この日は私の教え子同士の結婚式の日だった。アナウンスやフリートーク、ラジオの個人レッスンを担当してきたゲームキャスターの長谷川優貴くんと声優としての活動もしている長谷川紫音さんの結婚…
長期滞在者
振り返ってみると目の疲れにやられているこの数週間。 薬局に駆け込んで「目が痛い」と泣きついたら、タクシーの運転手が指名買いするという飲み薬を教えてもらった。最近は家でつい仕事をしすぎてしまい、体に悪影響が出ているひとが増えているそう。 何事にも良い面と悪い面がある。なるべく外に出ない生活を続けて一年以上経つけれど、誰かと直接話したときの温かさをしみじみと感じたり、マスクをしないでくしゃみをしている…