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「平和でないと音楽は自由に届けることができない。」【鬼束ちひろ「infection」(2001年9月7日リリース)】

長期滞在者

オンラインでの仕事は増えていたが、シンポジウムの司会をオンラインで担当するのは初めてだった。

2021年8月22日。
オンラインで開催された日本航航医学会学術集会での「コロナ禍でも留学・国際交流をあきらめない!」と題したシンポジウムで司会を務めた。

COVID-19の影響で海外への渡航が難しい現在において、留学や国際交流をどのように継続していくか、未来へ向けてどう向き合っていくか。大学の現状、日本語学校の苦悩と取り組み、そして、シリアから日本に来て学んだ人たちの体験談などの話が展開された。

今回私がこの司会を担当したのは、帝京大学の出身であることがきっかけだった。
帝京大学は今年から、日本に住む難民の人が奨学金を受けながら日本の大学で修学できるようにサポートするプログラム、UNHCR難民高等教育プラグラム(Refugee Higher Education Program – RHEP)のパートナー校として加わった。

現在のパートナー校は12校と多くはない。その中に母校が加わったことは私にとっても嬉しかった。そこで、シンポジウムではこのUNHCR難民高等教育プログラムについてを中心に司会を務めた。

UNHCRの報告によると「世界中の若者の内、約37%が大学をはじめとする高等教育を受けているのに対して、高等教育を受けている難民の若者は、わずか3%」である。

日本でできる難民支援は様々な方法があるが、難民という状況に置かれている人が学ぶチャンスを得ることは、彼らが母国に帰ることができたときに、国を再建するためのとても大きな力となっていく。

私の母校でも日本に逃れている難民の人が学びを始めた。
様々な条件が許せば、私は、彼らに会って、じっくり話を聞いて、この国で伝えていきたい。
それが、今私にできることの一つだろう。

2021年9月11日。
アメリカ同時多発テロ事件から20年が経った。

2001年9月11日。
私は、前日の9月10日に映画『トゥームレイダー』の来日記者会見に出席していた。
世界で最も好きな俳優のアンジェリーナ・ジョリーに質問をし、その後、本人に直接ご挨拶をする機会をいただき、夜はスーパープレミアで映画を鑑賞という夢のような一日を過ごしていた。

翌日のFm yokohamaでのレギュラー番組「THE RANKING」の生放送の日に備えて、自宅で過ごしていた夜。
友人からの電話が鳴った。
「ねぇ、今、ジョージ・ルーカスって新作映画を撮っていたっけ?」
携帯電話を耳にあてながら、いきなり友人が放った言葉に何を言っているのだろう? と思っていたら、彼女は続けてこう言った。「テレビで信じられない光景が映っている」と。
すぐさまテレビのニュース番組をつけると、ニューヨークのワールドトレードセンター北棟に飛行機が衝突していた。一体何が起こっているんだ? と、友人と言葉にならない会話を続けながらテレビを見ていたら、生中継で南棟に飛行機が衝突していく瞬間を見てしまった。

2001年9月12日。
こんなテロ事件が起きてしまっては、来日中のアンジェリーナ・ジョリーは帰国できないだろう、彼女はどうしているのだろうか? と心配になって連絡をしたら、「彼女は日本のUNHCRに表敬訪問に行った」という返答があった。

Fm yokohamaに行くと現場は混乱していた。
前日の生放送中にこのテロ事件が起き、放送中からパニックだったと。
そして、事件を受け、今日の番組をどういうふうに行なっていくかという話し合いが持たれた。
この番組はリスナーからのリクエストでその日の人気曲のランキングを決めていく番組。
その週にリリースされる曲を中心に、最新の楽曲がどんどん選曲される番組だったが、「爆破して」という歌詞が事件を思い出してしまうということで事件の4日前に発売された、鬼束ちひろの「infection」は、番組ではかけないという判断がくだされた。

世界は平和でないと、音楽は自由に届けられない。
ラジオDJとして、そのことを最初に意識したのはこの瞬間だった。

あれから20年が経った今。
私は国連UNHCR協会から広報委員を委嘱されている。

2001年9月11日のアメリカ同時多発テロのとき。私には世界は遠かった。
なぜこのようなテロが起きたのか。私には全くわからなかった。

その後、カンボジアに行き、世界が平和ではない現実に直接触れ、日本にいてもできることをしていこうと考えたときに、扉を開いたのが、あのとき、アンジェリーナ・ジョリーが表敬訪問に向かった、日本のUNHCRだった。そして、彼女の表敬訪問を担当した女性が、私にUNHCRや難民問題について教えていただいている人物と同一人物である。

20年前は何もわからなかった私が、今は難民支援に関わっている。
故に、世界のニュースには常に敏感になっている。
今、この瞬間もミャンマーやアフガニスタンでの混乱が今後どうなっていくのか気がかりでならない。

私が難民支援の世界に足を踏み入れたときから、難民の数は増えるばかりだ。
2021年6月20日の世界難民の日に合わせて、UNHCKから発表された「グローバル・トレンズ・レポート」によると、2020年末時点で、紛争や迫害により故郷を追われた人の数は8,240万人。

残念ながらこの人数は、来年はさらに増えるだろう。
1億人という数字が報告される日がきてしまうのではないだろうかと危惧している。

私は「世界は平和ではない」と思う。
それはあの2001年9月11日よりも、さらに混迷を極めているように感じる。

遠い世界で起きていることは、日本に生きているとすぐ直接に大きな影響がないように思うかもしれない。
しかしそれは違う。

あの日、歌詞が事件を連想させるからといって、ミュージシャンの大事な楽曲が紹介できなくなった。
ミュージシャンが大切に作ってきた楽曲が、世界が平和でないために届けることができない。

そんな世界は私はまっぴらだ。
音楽によって、人生を救われ、大事な出会いがあり、私を生かしてくれた音楽。
音楽が自由に奏でられ、聴くことができ、一人ひとりの人生を潤す。
それは平和でないと実現できない。

これ以上、世界が崩れていく前に。
一体何ができるのだろう。

非力だと思う。打ちのめされることばかりだ。
それでも、祈る前に行動していたい。

今、日本から自由に世界に行くことができなくても。
日本でできることはある。

あのとき、「日本にいる私ができることはないだろうか」と一人で歩み出したように、
私は、今、また新たにそのことを自分自身に問いかけている。

あれから20年の今。
自分がそんな地点に立っていることもまた、いつか振り返ることがあるのだろうか。

2021年の今日の日をいつか振り返るとき。
穏やかな光の中で、安堵している世界であることを、私は誰よりも願っている。

【ラジオDJ武村貴世子の曲紹介】(“♪イントロ〜20秒”に乗せて)
20年前の今頃は、この曲をラジオから届けることができませんでした。
歌詞が、当時起きたアメリカ同時多発テロを想像させてしまうという理由からでした。

あれから、私にとってはあの日を1番思い出す曲です。

平和でないと音楽は自由に届けることができない。
そんな悲しいことが、この世界で二度と起きることがないことを祈って。

鬼束ちひろ「infection」

武村貴世子

武村貴世子

ラジオDJ、MC、ライター。
これまで、FM802、Fm yokohama、FM-FUJIなどで番組を担当。

ラジオ番組、イベント司会、トーク&アナウンス講師はもちろん、
朗読と音楽のコラボレーションライブも展開中。

国連UNHCR協会広報委員として、
難民支援を始め、世界や社会への関心が深く、社会貢献活動にも積極的に取り組む。

また、タロット・リーディングの学びも深め、
フリーランスでその活動の幅を広げ続けている。

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