長期滞在者
雨が降りだすときの感じが好きだ。さーっと空気がざわざわしたような気がして、ちょっと遅れて匂いがやってくる。夏には湿気の帯が、秋や冬には冷気のかたまりが、雨と一緒に現れる。傘を持っているときには地面を見下ろし、持っていないときには雲に覆われた空を見上げ、降ってきたか……ともう一度、自分に言い聞かせるように、思う。 なかでも特に、熱帯の森にスコールが降るときには、いつもうっとりしてしまう。早朝、調査小…
長期滞在者
若い頃、何が面白いのか分からなかった写真たちが、ずっと後になってその仕事のすごさに気付かされたりすることがあります。視覚的なエフェクトであるとか、芸術論か何かの引用や焼き直しのようなものではなく、ただその時々の出来事に居合わせるような写真に心が動きます。「表現する」という言葉の印象とはまるで正反対の感もありますが写真表現の真骨頂とは、みつめることを絶えず積み上げていくことだと、近頃強く思います。 …
長期滞在者
カレーを作るときに味見をしながらスパイスを足していくのと同じように、暮らしにも刺激を足すことができるはずだと思う。どんな類の刺激であっても良いわけはなく、それはやはりカレーのように意外性があり、思わず微笑むようなものであってほしい。 最近の私は暮らしにより強い刺激を求めるようになっている。そしてそれだけでなく、より安らかな時間も求めている。 10月1日(月) 絹江ちゃんがカレーを作っていた。良い匂…
長期滞在者
先週末のこと、ベルギーの西端にあるトゥルネーという町で、日本関連のイベントに参加していた友人から連絡があり、その翌日に企画されていた茶道のデモンストレーションをやる予定だった人が急にキャンセルしてきたので、その穴埋めを頼まれた。キャンセルしたその人はぼくの知人でもある茶人なのだけど、ぼくは茶道なんてちゃんと学んだこともないし、そういうちゃんとした人の穴埋めなんてできないと最初は丁重にお断りした。そ…
長期滞在者
良いエッセイは、読むと読者の中に著者の像がしっかりと立ち上がってくる。 寺尾紗穂さんの『彗星の孤独』も、そんな一冊だった。 寺尾紗穂『彗星の孤独』(スタンド・ブックス) 『彗星の孤独』は音楽家であり、文筆家でもある寺尾さんが身の回りのことを綴ったエッセイ集だ。書き下ろしもたくさんあるけれど、これまでに雑誌や新聞で発表されたものや、自身のオフィシャルブログから収録されたものもある。書かれた時期も媒体…
長期滞在者
先日、体調が悪くて横になっていたとき、何気なく、スマホでfacebookを開いてみた。普段頻繁にチェックしているわけでもないし、ましてや投稿することも滅多にない。少し邪かもしれないけれど、facebookは一方的に近況報告ができるし、細かな説明が省けるから、遠くブラジルに暮らす家族への近況報告に都合がいいのだった。特に、対話を避けたいわたしにとっては、ちょうどいい距離感を維持できる方法なのだ。 …
長期滞在者
秋という季節が苦手だ。 夏、それも焼けるように熱い夏が大好きなので、数ヶ月ぶりに長ズボンをはいたお盆過ぎの雨の日や、ふと、太陽の力が弱いなと感じる9月の終わり頃や、10月に入って、朝晩の冷気に長袖をひっぱりだしてくるときなんかに、ああ、今年の夏ももう終わってしまったか……と悲しい気分になってしまう。1ヶ月前はこの時刻でもまだ明るかったのに、と思い出して、暮れゆく灰色の陽を必死に目で追いながら、憂鬱…
長期滞在者
以前、このアパートメントに当番ノート第7期火曜日担当として書いていたときの文章に『摩擦係数 (μ) 』というのがあります。 皮膜一枚の内と外。 自分と世界を隔てるもののあやふやさ。 でも人はこの皮の中で生きて死んでいく。 物理的な意味でも、陳腐を承知で比喩的な意味でも、自分と世界の関わりはこの皮に生じる摩擦係数の物語である。 その摩擦を、親和を、振動を、温度変化を、痛覚を、愉楽を、違和感を。 それ…
長期滞在者
働いていたカフェが閉店した。 駅前の美術館の三階にあって、一階には市民図書館、美術館内には市民ホールが併設されていたから、平日は、図書館に通っている人やご近所さんが、お昼やお茶休憩をしながら過ごし、休日は美術館に訪れる人たちが足を運んでくれたし、ホールでピアノ発表会や、あとはフラダンスやジャズの演奏会があるときには、ドレスやタキシードを着たこどもたちとかそれぞれの衣装を着た人たちで店内がいっぱいに…
長期滞在者
どこかよくわからないが、郊外のどこにでもありそうな街の景色が淡々と綴られた、小さくて軽やかな体裁の写真集が手元にあって、少し前から気になっている。 たぶん、飼っている犬の散歩の道程で写したものが収められているのだろう、早春のまだ肌寒さを感じる朝のひと時、肌に感じる空気の冷たさとか、どことなく前の日を引きずりながら、気持ちを今日に切り替えようとする何となくもやもやした気分みたいなものが、写真を通じて…
長期滞在者
あなたに言葉を送る時、私はどんな顔をしているのだろう? 深い夜の時間が好きだ。 誰もが寝静まって、朝になるまでは仕事の連絡はまず入らない。 携帯に届く連絡は、極めてプライベートな人間のみとなるこの時間を、私は一日の中で最も好んでいる。 お気に入りのバスソルトをたっぷり入れた湯につかり、 物語の世界に没頭できるような本のページをめくって汗をかき、 オレンジの精油が優しく香るシャンプーで髪を洗い、 季…
長期滞在者
家族や友人にあらゆる種類の距離感が存在するように、シェアハウスも住人の距離感は多様だと思う。 私が住む家はパーティーといった類のことをしないので、住人であらたまって集まるのは何かを意思決定する必要のある住人会議のときだけ。それ以外は好きなときやタイミングが合ったときに話すくらいだ。 私にとってはその距離感が居心地良いと思っていたけれど、最近ちょっと鍋をしてみてもよいかな、と思う。そういえば昔、庭で…