長期滞在者
良いエッセイは、読むと読者の中に著者の像がしっかりと立ち上がってくる。 寺尾紗穂さんの『彗星の孤独』も、そんな一冊だった。 寺尾紗穂『彗星の孤独』(スタンド・ブックス) 『彗星の孤独』は音楽家であり、文筆家でもある寺尾さんが身の回りのことを綴ったエッセイ集だ。書き下ろしもたくさんあるけれど、これまでに雑誌や新聞で発表されたものや、自身のオフィシャルブログから収録されたものもある。書かれた時期も媒体…
長期滞在者
先日、体調が悪くて横になっていたとき、何気なく、スマホでfacebookを開いてみた。普段頻繁にチェックしているわけでもないし、ましてや投稿することも滅多にない。少し邪かもしれないけれど、facebookは一方的に近況報告ができるし、細かな説明が省けるから、遠くブラジルに暮らす家族への近況報告に都合がいいのだった。特に、対話を避けたいわたしにとっては、ちょうどいい距離感を維持できる方法なのだ。 …
長期滞在者
秋という季節が苦手だ。 夏、それも焼けるように熱い夏が大好きなので、数ヶ月ぶりに長ズボンをはいたお盆過ぎの雨の日や、ふと、太陽の力が弱いなと感じる9月の終わり頃や、10月に入って、朝晩の冷気に長袖をひっぱりだしてくるときなんかに、ああ、今年の夏ももう終わってしまったか……と悲しい気分になってしまう。1ヶ月前はこの時刻でもまだ明るかったのに、と思い出して、暮れゆく灰色の陽を必死に目で追いながら、憂鬱…
長期滞在者
以前、このアパートメントに当番ノート第7期火曜日担当として書いていたときの文章に『摩擦係数 (μ) 』というのがあります。 皮膜一枚の内と外。 自分と世界を隔てるもののあやふやさ。 でも人はこの皮の中で生きて死んでいく。 物理的な意味でも、陳腐を承知で比喩的な意味でも、自分と世界の関わりはこの皮に生じる摩擦係数の物語である。 その摩擦を、親和を、振動を、温度変化を、痛覚を、愉楽を、違和感を。 それ…
長期滞在者
働いていたカフェが閉店した。 駅前の美術館の三階にあって、一階には市民図書館、美術館内には市民ホールが併設されていたから、平日は、図書館に通っている人やご近所さんが、お昼やお茶休憩をしながら過ごし、休日は美術館に訪れる人たちが足を運んでくれたし、ホールでピアノ発表会や、あとはフラダンスやジャズの演奏会があるときには、ドレスやタキシードを着たこどもたちとかそれぞれの衣装を着た人たちで店内がいっぱいに…
長期滞在者
どこかよくわからないが、郊外のどこにでもありそうな街の景色が淡々と綴られた、小さくて軽やかな体裁の写真集が手元にあって、少し前から気になっている。 たぶん、飼っている犬の散歩の道程で写したものが収められているのだろう、早春のまだ肌寒さを感じる朝のひと時、肌に感じる空気の冷たさとか、どことなく前の日を引きずりながら、気持ちを今日に切り替えようとする何となくもやもやした気分みたいなものが、写真を通じて…
長期滞在者
あなたに言葉を送る時、私はどんな顔をしているのだろう? 深い夜の時間が好きだ。 誰もが寝静まって、朝になるまでは仕事の連絡はまず入らない。 携帯に届く連絡は、極めてプライベートな人間のみとなるこの時間を、私は一日の中で最も好んでいる。 お気に入りのバスソルトをたっぷり入れた湯につかり、 物語の世界に没頭できるような本のページをめくって汗をかき、 オレンジの精油が優しく香るシャンプーで髪を洗い、 季…
長期滞在者
家族や友人にあらゆる種類の距離感が存在するように、シェアハウスも住人の距離感は多様だと思う。 私が住む家はパーティーといった類のことをしないので、住人であらたまって集まるのは何かを意思決定する必要のある住人会議のときだけ。それ以外は好きなときやタイミングが合ったときに話すくらいだ。 私にとってはその距離感が居心地良いと思っていたけれど、最近ちょっと鍋をしてみてもよいかな、と思う。そういえば昔、庭で…
長期滞在者
10月1日から、また入院する。 これまでホルモンの補充療法を続けていた中枢性尿崩症とは、まったく別の難病を発症している疑いがあり、再度一週間の検査入院することになった。1ヶ月前にはこんなことになるなんて想像すらしていなかったけれど、今このタイミングで入院することになってよかったとも思う。正直にいうと、自分の体が少しずつシャットダウンしていっていることには、少し前から気づいていたし、自覚症状はたくさ…
長期滞在者
ライターという仕事をしているのに、人と話すのが苦手だ。正確に言うと、できないというより、強烈な苦手意識がある。 インタビューなどであらかじめ決められたテーマがあるときはまだいい。でも、お互いに「これからこの話をしますよ」という前提が共有できていないと、途端によそよそしくなってしまう。正直、視線を合わせることもできなくて、目が泳ぎまくっていることさえある。 雑談が苦手なのかもしれない。そうしたコミュ…
長期滞在者
笑う門には福来たる。 縁あって、1966年から放送されているテレビ番組『笑点』の公開録画にお邪魔させて頂いた。 一緒に行った人たちと後楽園ホールでの収録会場に入っただけで、みんな笑顔。 子供の頃から見たことがあるテレビ番組のセットは見ているだけでわくわくした。 ラジオでDJをしている私にとって、落語を観る時は楽しむことはもちろん、とても勉強になる機会。 声と音だけで想像して楽しんで頂くラジオトーク…
長期滞在者
阪急神戸線の線路北沿いの道を塚口から園田方面へ、夜遅く自転車で出発する。 山陽新幹線と阪急線が交差する複雑な高架下を掘るようにくぐったその先に、黒々と藻川(もがわ)の水面が見えてくる。 最近僕の中で流行っている「藻川西岸南下・神崎川・左門殿川から2号線コース」(塚口発着で約15km)である。 ここは藻川に散らばるもこもこした中洲群がなんだかシュールな影絵を形作っていて、昼間に通っても不思議な景色な…