長期滞在者
いくつかの作品を引き取るために、先日 レジェンドと呼んでも差し支えない作家さんのご自宅へ行ってきました。今はご遺族がプリントと原版の管理をされているが、アトリエを処分してしまったので、自宅のマンションに棚をたくさん入れて、50年分の写真のことを全部収納してるということで、実際行ってみたら、自宅の一角どころか、自宅の大半がその作家さんが残した作品などで、むしろ塊の中で暮らしているようにも見えました。…
長期滞在者
わたしにとっては、その年はじめて茄子を食べた日から、夏が始まる。旬の茄子を手にとって眺めてみてほしい。太陽の強い光がぎゅっと濃縮して、それでかえって漆黒になってしまったかのような、つやつやとした紫色をしている。光にちらちら当ててみると、深い水の底をのぞきこんだときのように、紫色に深みを感じることができる。キュッと曲がった形をしていて、切りづらかったりもするのだけれど、その型にはまらない感じすら愛ら…
長期滞在者
世界が素晴らしいと思えないときがある。 人生にはいろいろなことがあるから、それは別に不自然なことではないと思う。 ただ自分を少し見つめ直すだけだ。 ぼんやりとした私は生活の営みを通してぐいぐいと現実に引き戻される。 だから私は家にいるとほっとするのだ。 8月1日(水) 洗濯物を取り込んでいたら羽虫が入ってきて天井に張り付いてしまった。私は椅子に乗っても天井に手が届かないので、部屋にいた昴君を無理や…
長期滞在者
大学の後輩が某航空会社で CAをやっていて、 ブリュッセルに来るというので、 20数年ぶりに会って食事をした。 当時から人付き合いの苦手だったぼくは その後輩ともあまり話したことはなかったのだけど、 会ってみると意外と覚えていることもあるもので、 危惧していたほど会話に困ることはなかった。 西洋舞踊専攻のコースに在籍していたぼくたちは、 それぞれ踊ることはあまりなくなっているけど、 やはりその大学…
長期滞在者
体調の浮き沈みは、病気になってから日常的なものになっているけれど、8月中旬ごろから水棲ゾンビのような状態でいます。 まともな精神状態をキープするのって、どうしてこんなに難しいんだろう。仕事に行く、食事を作るなど、生活の基盤となる様々なことがままならない状態が続くと、人ってこんなに心が荒むんだって、この身をもって実感している。人と建設的なコミュニケーションをとる余裕もないし、ましてや、溢れ出す思考を…
長期滞在者
小説を読みながら、音楽を聞きながら、映画を見ながら、「まるで自分のための作品のようだ」と感じる瞬間がある。 特に孤独を感じているような時、そんな作品に出合うと、固く閉ざされていた扉が開いたような気持ちになる。見つけたのは自分なのに、世界のほうが見つけてくれたような気持ちになる。 スペインのブロガー、マイク・ライトウッドさんが書いた小説『ぼくを燃やす炎』は、多くのLGBTにとってそんな気持ちを与えて…
長期滞在者
このアパートメントでの連載でlynch.の曲で言葉を巡らせるのは2回目である。 2016年1月16日に公開した「EVOKE」。 この文章を書き上げた時、私はとても怖かった。公開まで怯えていた。 果たしてこの想いが伝わるだろうか? たった1人にだけ、事前に読んでもらった。 「どう思う?」と尋ねる私に友人の彼はすぐにこう言った。 「大丈夫ですよ。これは伝わりますよ」と。 そうして公開した記事は、多く…
長期滞在者
夜、港に近い工業地帯を自転車走行中、地べたに羽を広げて貼りついていたアオスジアゲハの真上を轢いてしまった。 ライトで視界に入ったときにはもう避けられなかった。 むごいことをしてしまったと、引き返してみたら、蝶形に広がったゴムカスの上に青い紙くずがへばりついていただけだった。 ・・・・・・ アオスジアゲハが好きだ。 ジャコウアゲハ等クロアゲハ系も好きだが、なぜかよく見かけるし、しかも死に際によく会う…
長期滞在者
街を舞い飛ぶビニール袋は、予期しないときに突然現れる。 初夏の真っ青な駅前広場で、緑の文字が書かれた白いビニール袋が、ふわふわと舞い降りてくる。その気配に気づいて、スマートフォンを取りだしてカメラを起動する頃には、もう、地面にぺしゃりと潰れており、ふたたび動きだしそうな様子はまったくない。ビニール袋をすかしてコンクリートの地面にうつる透明な影が、今でも目に見えるような気がしてしまう。 地下鉄に通じ…
長期滞在者
東京から遠く離れたところで、活動の拠点を置いている写真の作家さんが近々地元に作品の発表の場を自分たちで立ち上げようと準備していると聞きました。 写真ギャラリーが今までなかった地域にその土地に根を下ろして、自分の表現の実践と思考を深めていく、ならびにその地域の人々と結びついていく場を持つというのはとても意義深いと思います。 地方都市において、写真展といえば、地元のアマチュアカメラ愛好家の人たちの、お…
長期滞在者
実家に住んでいた頃は、家を出たくて仕方がなかった。人生とはこうあるべきと言わんばかりの、あらゆる押し付けに耐えられなかったからだ。 私の両親は「こうすれば人生は安全だ」という正解を持つ世代だった。大学に入ること、大手企業に就職すること。結婚して子供を産むこと。 けれど私の世代は違う。正解はない。学歴や職歴、家や車を持つよりも大切なことがある。 この家には、正解という虚像に近づくことよりも自分の納得…
長期滞在者
わたしのことを”娘”と呼ぶ人が、久しぶりに泊りにきた。 その人は、こころがとても疲れていた。 わたしもその日、バイト先の人と話して「そろそろ限界にみえる」と言われて、限界、限界、と浅く考えていたところだった。硬い頭を突き破れなかった文章が、バラバラの単語になって、諦め悪く頭の上で跳ねている。鬱陶しい。 不思議なもので、疲れて、”誰かに会ったら壊れそう”という意識に心が傾く手前で、その人は連絡をくれ…