長期滞在者
「サラリーマンなんて割りに合わないよなあ」 電車のドアが開いてすぐ、そんな声が聞こえてきた。目の前にいる若い男の子が、連れに愚痴をこぼしながら電車を降りた。男の子は新卒くらいの年頃で、スーツとピカピカした靴を身につけていた。仕事でなにか嫌なことがあったのかもしれない。 仕事は嫌なことが多いし、割りに合わないよね…って、頭の中からそんな声が聞こえてくると思った。だって、これまでのわたしだったら、絶対…
長期滞在者
見慣れた光景が普段と違う表情になるのを見るのが好きだ。たとえば年末年始の東京の都心部はきわめて無表情になり、わたしはその数日間だけ、無条件に東京のことが大好きだと言えるようになる。 12月も29日くらいになると、街や電車には目立って人が少なくなり、いつもはたくさんの人の波にもまれて辟易する通勤なんかも、すいすいと楽にこなせるようになる。日々の東京を染める殺伐とした空気がふっとゆるみ、妙に手持ちぶさ…
長期滞在者
瀬戸内海にあるうさぎの島に、また行ってきた。 別にうさぎを飼ったことがあるわけでもないし、数ある動物の中でとくにうさぎが好きというわけでもない。なのにもう三回目の上陸である。 何年か前に行ったときは島内にうさぎ300匹とか言ってたのに、今年のインフォメーションでは700匹だという。たしかに以前はあまり出会わなかった山の上の方でもひょこひょこ餌をねだりに出てくるから、増えてるのは確かなようだ。増減の…
長期滞在者
「判断基準が外にある不安をどうにかしたいよね。もっと素直に生きて。」 そう言った彼のことを、知り合ってからの長い間、わたしは“判断基準”にしていた。 彼の好きなものを、わたしも好きになりたかった。 今なら分かるけれど、それは、彼に好かれたいとか、同じものを共有したいという動機とは、多分違った。 知り合った頃に彼が教えてくれた生き方や、表現は、自分にとっても必要なものではないかと感じたからだ。 その…
長期滞在者
展示スペースの中に入る手前に、もうひとつの小さな展示空間として「リコメンドウォール」というスペースを設けています。小伝馬町の移転後に新たに設けたスペースで、小さな棚と4.8mの壁を使って、毎月一人の作家さんを特集するというコンセプトです。 このスペースの良い点は、コンパクトなスペースゆえに、低予算でありながら、良質な作品を長期間にわたり展示することで、確実に作品のこと、作家さんのことをお伝えするこ…
長期滞在者
「音楽がわからなくなってしまうよ。」 極限まで落ちた。 身体が動かない。起き上がれない。朝も昼も夜も眠りの中にいるような状態。 「本当に自分を見失ってしまったら、音楽がわからなくなってしまうよ。」 それはいつも、最後の最後で、私を救う言葉だ。 飛び出した。ここにいたら自分が全てダメになってしまう。 そうだ、前から気になっていたバンドのライブを観に行こう。 その会場は、自分が通っていた大学の近くだっ…
長期滞在者
門松は 冥土の旅の一里塚 めでたくもあり めでたくもなし ということで、イェーイ!2018年もご用心、ご用心! by 一休 メメントモリでも一応あけおめ〜。 やっぱり定番は座りが良い。 だから海老一染之助、染五郎師匠の 太神楽芸がもう見られないのは残念至極。 (それにしても2018年ってすげーな、なんか。 数字面がSFっぽい。) とか書いている今は実はクリスマス。 西洋のこの日は日本の大晦日のよう…
長期滞在者
だれにとっても、人生の節目になる年はある。わたしにとっては今年がそういう一年だった。仕事では大きな変化はなかったものの、私生活では大きな変化の連続だった。病気になったことや、それに伴って大きく生活習慣を変えたことは、今後の自分たちの生活の基盤になっていくようなできごとだった。 個人的なことにはなるけれど、発病、入院、退院後の生活を記録した「みずはいのちのみなもと」というシリーズをアパートメントで書…
長期滞在者
年の瀬の慌ただしさの中で2017年を振り返ると、その前と後で状況がまったく変わってしまうような大きなことが、本当にめまぐるしくあった一年だった。春には会社との雇用形態を変え、フリーランスとして仕事をはじめた。その直後に父が体調を崩し、あっという間に亡くなって、ほぼ絶縁状態になっていた母や姉達が久しぶりに顔を合わせた。恋人と同棲する家をじっくり探し、一緒に暮らしはじめた、など。 今年は後厄でもあった…
長期滞在者
僕はデジタルカメラのあのEVFというやつが、どうにも苦手である(EVF : 電子ビューファインダー = electronic viewfinder)。一眼レフならばカメラ内部のミラーに屈曲されているとはいえ、眼前の光景とタイムラグゼロのものがファインダーで見える。ミラーを介した反射光であっても、それは現実の光景とひとつながりの光である。ところが一眼レフではないデジタルカメラというのは、カメラ背面の…
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世界は平和じゃない。 さっきまでSkypeで話していた国でクーデターが起こった。 ほんの数分前まで楽しく会話をしていた、大好きな彼女が住む国での異変を伝えるBBCの速報に、私は青ざめた。 「今日の様子は?」 「大丈夫よ。私たちは変わることを願っている。」 「あなたの国が平和であることを祈っているわ。」 クーデターが起こってから。 私と彼女は連日この会話を繰り返した。 2017年11月20日。 「今…
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以前、自分の企画展ではオープニングパーティーをやらなくなった、という話を書いたことがあります。 移転した今年、ルーニィでは9本の展覧会を企画したのですが、オープニングパーティーはついに1度も開くことはなかったのです。美術館のパーティーと違って、私たちのオープニングパーティーは、業界の社交や情報交換の機会である以前に、良いお客様に集まって頂いて、確実に作品を売っていく重要な機会でもあります。もちろん…