長期滞在者
「家族はどうしてるの?」 恩師に何気なく聞かれ、思わず言葉に詰まった。元気そうだよって答えたけれど、心中なんと答えるべきなのかわからない。そもそも、家族とは2万キロもの距離を隔てているし、彼らと連絡をとることはほとんどない。元気そうにしているのは、Facebookごしに見ているけれど、ネット上で見ることのできるのは、多分人生の良い面だけで、彼らがどんな生活をしているのか、実際のところわたしには何も…
長期滞在者
もう二十何年も前の話だが、劇団に所属して舞台活動をしていた頃、指の先端から各関節、体の重心の移動・受け渡しというものを全部意識の上に引っ張りあげながら、全身にテンションをかけてとにかくゆっくり動いてみる、というエチュードを、劇団のトレーナーに指示されて身体訓練の一環として行っていた。 いつもは無意識の領域に委ねている身体各部の動きを、全部意識の表層に引きあげてから動くことで、まずは自分の体との対話…
長期滞在者
随分と笑った。 2016年8月28日。 エイズ孤児支援NGO PLAS10周年記念Thanks Partyで司会を担当した。 この時に初めてお会いした、土屋アンナさんとのトークセッションがたまらなく楽しかった。 言葉を交わし合うことで、こんなに気持ちがわくわくする方には滅多に会えない。 何時間でも話していたいと思える素敵な方だった。 言葉が途切れずにいられる人に出会えることは、そんなに多くはない。…
長期滞在者
このビルを少し離れたところから見ると、とても味わい深いかたちをしていることに気がつきます。 ぼくが、ここに来たばかりの頃は、レンガのタイルが貼られていましたが、現在では白のモルタルが吹き付けられています。どちらの時代もよく似合っていました。 特徴的なエントランスの屋根を支える黒御影石で化粧した柱があり、上に向かって細く削られるようなかたちをして、左右非対称に広がる屋根に結ばれています。屋根の庇は両…
長期滞在者
物事には「期限」というのがある。その線を超えてしまうと、取り返しのつかないことも起こる。 食べものであれば、賞味期限を過ぎて口にすると、お腹を壊してしまうかもしれない。付き合いの長いカップルであれば、「いつまでに結婚してくれるの?」と思ってはいるが口にしない彼女がいたときに、それを彼氏がむやみやたらに先延ばしにしてしまうことで、破局につながったなんて話もよく耳にする。 俗に言うクリエイティブであれ…
長期滞在者
暑い。とっても蒸し暑い。これを書いているのは8月末の週末なのだけど、先週末くらいから、まだ夏なのだということをベルギーの空がふと思い出したように暑くなっている。 いくら日照時間の少ない、四季の区別のない、天候が不順だから7月8月になっても上着をしまいこむ事が出来ない、そういう国に住んでいるからといっても、やはり暑すぎるものは暑すぎるので、贅沢な話だとは思いながら愚痴も言いたくなる。 エアコンが一部…
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子どもたちが、たっぷりクリームのかかったイチゴをお皿に山盛り食べることができたら大喜びするように、ほんものの魔女は、子どもをぺちゃんこにつぶすのが最高の喜びなのだ。 一週間に一人は消すぞ、と決めていて、それができないと不機嫌になる。 週に一人で、年に五十二人。 つぶして、ひねって、さっと消せ。 それが、魔女のモットーだ。 (『魔女がいっぱい』より) 夏休み前最後の図書室での時間。今日の本は何だろう…
長期滞在者
自意識ってすごく厄介なもの。自分ではすごく気になることだったり、こだわっていたりすることが、他人の目から見たら「そんなこと気にしてたの?」っていうのはよくあることだけれど、その自意識が自分の行動を縛っているのだとしたら、それはとても勿体無いことだ。 4月に転職して、あえてこれまで苦手意識があった言語に関わる仕事に就いたのも、自意識やコンプレックスが確実に自分を狭めていると感じていたから。苦手な…
長期滞在者
私は焦っています。大学時代の友人と久しぶりにお酒を飲むために乗り込んだ夕方の満員電車で、狭いスペースのなか苦労してスマートフォンを取りだし、待ち合わせ駅周辺の飲食店を調べます。平行して友人とチャットのやりとり、どんなジャンルの店が良いか少し聞いて、後は自分の好みで決める。そのはずが、お店情報の下についた星の数が気になります。 「ランキングは低いけど3.4だからいいか」、「いや、口コミを読むと店員…
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武庫川の河原で、ボロボロの羽の、見るからに瀕死のジャコウアゲハが2匹、交尾していた。 下になってるオスは、もう生きてないんじゃないかと思われるほど生命感がなく、実際ずっと観察していても動かない。上になってるメスも瀕死状態だが、じっくり見ているとたまに反応があり、少なくともこちらは死んではいない。 瀕死で交尾。 これはつい 「死にそうになりながらセックスしている」 という人間の言葉に訳してしまいがち…
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今年の春頃、新宿ニコンサロンでの個展を終えたばかりのニーモ君が、ちょっとした実験の個展をやりたいと相談に来ました。その結果、先週の8月4日〜7日までクロスロードギャラリーで開催された「あなたが写真を好きだから。あなたも写真を好きならば。」という、ちょっと変わったタイトルの展覧会になりました。 1枚の写真だけを飾った展覧会で、その写真も本人が製作したものではなく、ニーモ君の親戚から送られてきたものだ…
長期滞在者
どうしても書けない文章があった。 それはヨルダンに行く直前のこと。 批評家、随筆家の若松英輔さんによる講座、「思考と表現」に参加した。 その日は、アラン『幸福論』をテキストとして、言葉に向き合う時間だった。 この本は、私にとって、真っ暗闇の中に光が射しこんでくるような一冊で。 誰とも話したくないような時は、海辺でよくこの本を読んでいた。 この講座で「幸福のプロポ」を書いてみるという課題が出た。 書…