長期滞在者
「この子たちの背中に翼がはえているのは、この子たちの生まれる前に私が見た夢のせいかもしれないわ。あれは空を飛んでこの町から出ていく夢だったもの」(『空飛び猫』より) 暑くて暑くて溶けてしまいそうなくらい暑くなるとあらゆる場所で猫が落ちているのが目につく。ところかまわず行き倒れるように予告なくぼてっと寝転がりそのままじっと動かないその姿は、いる、というより落ちている、というのがしっくりくる。多分に漏…
長期滞在者
先日、仕事の帰り道にどこからともなく人の話し声を聞いた。どの家から声が降ってきているのかわからなかったが、開け放たれた窓から、女性が笑いながら話している声が聞こえるのだった。そのとき、ふとナポリを訪ねたときのことを思い出した。 ナポリ旧市街、スパッカナポリの下町を歩いていたときのこと。狭い路地裏をきょろきょろ見回しながら、わたしはどこからか聞こえる無数の笑い声に気づいた。ふと見上げると、背の高いア…
長期滞在者
『すいか日誌』 7月20日 すいかを買う。私にとってみればこれ位の大きさたやすいはずだと、たまに突然発生するお得意の根拠のない自信と共に2Lサイズを抱える。大きいのは冷えていないので、とりあえずすぐ食べる用にカットすいかも一緒に購入。 いっとう好きな食べ物はすいか。迷わずすいか。どうしようもなくすいかが好き。すいかがあるから夏を生きられるといっても決して過言ではない。 冷蔵庫の中段を外して、冷蔵…
長期滞在者
年を食って物忘れが激しくなった。最近のことは忘れても案外昔のことほど覚えているものだというけれど、程度問題であって、昔のことでも記憶は混乱する。だったら「鮮明な記憶」というのはいつの時期ならあるのか、という話なのだが、もしかしたらそういうのはなくても人は生きられるのかもしれない。すべての記憶は薄れ拡散し組み替えられて改竄されて、ゆっくり霧に溶けるようになくなっていくのだろう。それでもときたま、霧の…
長期滞在者
ぼくたちは、ぼくたちの時間や生活や人生を ぼくたちのものだと信じて疑わない。 でもそこは、やんわりと見えない蚊帳のような網の中で 自由に思えるように操作されているだけ、かもしれない。 自分の知り得る情報から、正しいを叩き出すことは間違ってはいないとは思う。 自分の知り得る情報など、ほんの微々たる物だという自覚を持たずしての結論は、間違っていないのかな。 ぼくの日常生活に、当たり前にあるはずの「美し…
長期滞在者
旧作品をぼくのギャラリーで再構成して展示する場合、作品のセレクトや展示構成のプランは大抵の場合ぼくがやることになります。ぼくがセレクトをやる場合のポイントは、最初にメインイメージを3点から5点確定させることからはじめます。 写真展とはおかしなメディアで、例え会場に40枚のプリントが並んでいたとしても、その全てを記憶出来るかというと、かなり難しい。それどころか、写真展を見たあと、数日のうちには、行っ…
長期滞在者
先週末、6月27日から29日まで、アクセル・ヴェルヴォールト氏主催のインスピラトゥム・フェスティバルにダンサーというかパフォーマーとして参加した(アクセルは、ぼくの陶芸作品の顧客でもある)。作品名「Destroy the picture, painting the void」。ここ数年、日本の具体芸術に入れ籠んでいるアクセルの命名。 バロックアンサンブルのイルポモドーロの演奏するヴィヴァルディ『四…
長期滞在者
ワールドカップで盛りがる祖国の様子を、最近よくテレビで目にする。歩く人々の姿、生活、美しい風景。目にする様子は様々だけれど、その度に胸がきゅうと締め付けられ、苦しくなる。わたしがいない、あの国。わたしのいない、年月。言ってしまえば、わたしはいつだって不在だった。わたしは、いまでもあの国のほんの一面しか知らないでいる。 某テレビの特集で、ブラジル生まれのサッカー選手たちのドキュメンタリーを観た。…
長期滞在者
しばらくお休みを頂いて、みつきぶりに私は「わたし」のままで『アパートメント』に戻ってくることができました。おひさしぶりですとはじめまして、古林希望です。 ✦ 脳腫瘍の手術を終えてはや(私には十二分に長かったけど)ふたつきが過ぎました。 私は今手術を行ったT病院脳神経外科から転院してN病院リハビリテーション回復科というところにいます。 現実はなかなかドラマのようには行きませんね、権威の手によって手術…
長期滞在者
先月の長い「話の枕」にうんざりした人も多いでしょうから、今月は簡潔にいきたいと思います。 先月あれだけの時間をかけて書いたことをおさらいするならば、要するに、「目の前のことがらを認識(=言語化)するために、人間の脳は膨大な量の視覚情報をスキャンするように取り込んではその大部分を捨てているらしい」ということです。(67字ですんじゃった!) 僕は人物の写真を撮る仕事をしているので、同じ被写体に何度もシ…
長期滞在者
何かを得るために努力しなければならないと、生まれた頃から世間は押し付けてきた。学校に入るための努力、大学に入るための努力、社会人になるための努力、写真家になるための努力、何か名前やステータスを得るために、この世界ではどうも努力しなければならないらしい。「努力」という漢字の中にさえ、僕を産んでくれた女の力が見える。 母ちゃん、ごめんね。30年間生きていて、僕が本当に幸せだと思ったことは僕の努力なしに…
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“white lies”-are not a problem 課題に渡された英字新聞には、そう書いてありました。 「白い嘘」は問題にはならない、と。 重大な出来事を前に、どの嘘が白くてどの嘘が黒いのか。 ぼくはわからなくて、混乱する。 「白い嘘」を日本語では 「嘘も方便」と言うらしいけれど。 あの人はどうして、「嘘」をついたのだろう。 それが白でも、もしかして黒でも。 「人…