魚類図鑑で見たラブカというサメが、怪異でカッコイイ顔貌で忘れがたく、どこかで展示している水族館はないものかと探してみた。
以前須磨水族園に標本展示があったらしいのだが今は出しておらず、残念ながらラブカは現在は関西では観ることはできないらしい。
生息する駿河湾・相模湾周辺の施設にはごくたまに生体展示があるらしいのだが、深海系の種類だけに飼育は難しく、長くは生きることができないようだ。
怪異な顔、なぜか青い目、何重にも剥き出した赤いエラ孔、長大な体。各所に残る原始的なサメの特徴。そしてなによりラブカという名前が良い。
宮崎駿の映画に悪役で出てきそうな名前である。レプカ。ムスカ。ラブカ。
魚類図鑑や画像検索で調べてみてほしい。
あの容貌で、ラブカ。
何語かと思ったら、なんと日本語なのである。
ラブカ (ら-ぶか)【羅鱶】
羅紗のような手触りのフカ(=サメ)だから、という説明を見つけたが、本当だろうか。
商業的に獲られることはないのだけれど、たまに混獲され、網を破られたりするので漁師からは嫌われているらしい。そんな迷惑な魚に手触りを褒めるような名をつけるだろうか。逆にその嫌われ感が「羅」の字に込められている気がする。
羅鱶。
悪魔的な顔貌になんと似合う名前だろう。
ところで「羅」という漢字のことである。
阿修羅、修羅、魔羅とか、なんだか荒ぶる感じがつきまとう漢字であるが、原意を調べてみたら網目とか織物、連なり、連続、みたいな意味なのである。なんとなく「ピクセル」を連想させる。荒ぶるどころかまさかのデジタル感。
森羅は森の連なり。羅紗は織物。いずれにせよ特に荒ぶった意味はないのだった。白川静『常用字解』まで調べたが、べつに荒ぶっていない。
阿修羅や魔羅のような一見荒々しげな語は外国語からの音写である。音を使われているだけ。ラと読む漢字は少ないので重宝されたのである(阿修羅はサンスクリット語の「アスラ」が元。修羅は阿修羅の略。魔羅もサンスクリットの「マーラ」)。
ラブカを触ったことがないので偉そうには言えないが、どうにも「手触りがいいから羅鱶」というのは信じがたい。「網」を破るから、いや、やはりあの顔を見たら「修羅的な鱶」だから、と思いたくなる。
阿修羅鱶。修羅鱶。羅鱶。
字典で「羅」を調べたついでに、各社の国語辞典で「ラブカ」を引いてみた。
一般的な大きさの国語辞典には、みごとに一切載っていない。
図書館に出向いて『広辞苑』以上の大きな辞書を調べてみるとさすがに収録されていたが、一般レベルの日本語としては認知されていないということである。
いくつかの辞書で気づいたのだが「ラブカ」のあるべき場所は「ラフカディオ・ハーン」の前である。
また怪異に近づいた気がする。ラフカディオ・ハーンの書く羅鱶の物語。妄想は広がる。
( ↑ 嘘ですよ )
・・・・・・
せっかく図書館にまで足を運んだので百科事典系にまで手を伸ばしてみる。
尼崎市立図書館にあるものでラブカに関して一番詳しかったのは小学館の『日本大百科全書(23)』(1988)と、平凡社の『世界大百科事典(29)』(1988/2009)である。字数を正確に数えたりまではしなかったが、感じとして同量くらいか。600~700字といったところだと思う。
さて、結局、ラブカに関して一番詳しい事典記事は何か。
Wikipediaである。
そう、紙事典惨敗。Wikipediaは小学館や平凡社の百科の何倍もの字数を割いてラブカを解説してくれる。
それはそうだろう。
全20巻なり全30巻なり、いくら長大であっても、普通の百科事典で1項目に割ける紙数には限度がある。全1000巻の百科全書を出せる出版社も買える人もなかなかないだろうし、仮に1000巻を費やせたとしても、それでも世界は語り尽くすことができない。
現実的な話、◯百字以内でお願いします、というような制限の中で執筆者に依頼されるものと思われる。ラブカの大きな特徴である「あらゆる脊椎動物の中で最長の3年半という妊娠期間」の話すら、紙の百科全書には触れられていない(1988年当時わかっていなかったのかもしれないが)。
それがwikipediaになると、そんな物理的制限は必要がない。
電子書籍には興味が持てず、紙の本以外は本とは認めん! と我を張ってきた僕ではあるが、こと百科全書になると、どうにも電子百科には勝てっこないと認めざるを得ない。
紙本百科にはラブカ科は1科1種とあるけれど、wikipediaでカグラザメ目を引くとラブカの他にAfrican frilled sharkというものが追加されている。亜種ではなく別種であると最近認定されたのだろう(ラブカは英名frilled shark)。このように最新情報に適宜更新されていくのも、いうまでもなく電子百科の利点である。
これから電子百科は世界を遍く記述し尽くすべく、無限に膨大に字数を増殖させ続けるだろう。
もちろんそれでも世界はすべて文字になど変換できないのであるが。
( ↑ 雑な絵ですみません。著作権のある写真をそのまま引くわけにもいかず、いくつかの参考写真をもとに描いてみました)
→ 画像