入居者名・記事名・タグで
検索できます。

3F/長期滞在者&more

記憶違い?

長期滞在者

久しぶりに母校のキャンパスを訪れる機会がありました。その日の懇親会の会場はなんと学食だというので、それならばと思い、その後で飲食が供されるのはわかっているのですが、懐かしの青春メニューにもチャレンジしてみました。

当時とにかく安くてボリューム的にも満足できたのが290円のたまご丼。親子丼の肉なしのようなものです。それすら買えない時は、ただの白飯だけ注文し実家から通学してくる女子学生がお弁当を広げている隣にわざと座って、おかずをちょっと分けてもらったりしていました。

アルバイトで金が入ると、350円のカツ丼、さらにリッチな気分を味わいたい時には、プラス50円でカツ丼の上に他人丼用の肉をトッピングしてもらう「カツ丼肉盛り」という裏メニューがあって、それでも合計400円なのだけど、年中お金に困っていた僕たちにとってみたら、かなり思い切った出費なのでした。

丼モノを注文すると、カウンターの向こうで食堂のおばちゃんが、専用の小鍋に甘辛いタレをいれ、次いで玉ねぎとざく切りしたとんかつを投入。続いて卵をこしゃこしゃとかき回しながら、注意深く投入のタイミングを伺っている様を自分も観察しながら、同じようにその瞬間を見届けるのが毎回とても楽しみなのでした。

というわけで、長らくこのカツ丼肉盛りを再び味わってみたいと思っていました。

目指す芸大第一食堂の雰囲気は30年前と全く変わっておらず、かといって相応にくたびれた雰囲気もなく、いつも通りカツ丼の食券を購入し、丼もの専用カウンターに券を差し出します。

ここで一言、「肉盛りで」と一言添えると、「あと50円ね」と声がかかります。一連のプロセスもそのまま。そして流れるようなカツ丼製作の全行程をしっかりを観察することもできて、その時点で既に大変満足しました。値段が全く変わっていないのにも驚きましたが、少し色の薄めのタレとピンクの縁取りのかまぼこと、真っ黄色の分厚い沢庵が脇に添えられたいつも通りの丼が目の前にやってきました。

で、味はというと、憧れていた割には涙腺が破裂するほどの痺れる感動もなく、いたってごく普通のカツ丼であって、出てくるまでのワクワク感の方が強かったせいか、口に入れた時の感慨のなさに自分でも驚いたくらいでありました。

これは、自分が変わってしまったせいなのか?それとも憧れが膨らみすぎたせいなのか?いや決して期待外れとは思っていないのですが、長年待望していたものといざご対面というのは、案外こんな風に薄い感情しか湧いてこないのだろうか?若干の疑問を残したまま、その日はキャンパスを後にしたのであります。

篠原 俊之

篠原 俊之

1972年東京生まれ 大阪芸術大学写真学科卒業 在学中から写真展を中心とした創作活動を行う。1996年〜2004年まで東京写真文化館の設立に参画しそのままディレクターとなる。2005年より、ルーニィ247フォトグラフィー設立 2011年 クロスロードギャラリー設立。国内外の著名作家から、新進の作家まで幅広く写真展をコーディネートする。

トップへ戻る トップへ戻る トップへ戻る