長期滞在者
稲葉俊郎『いのちを呼びさますもの』(アノニマ・スタジオ) 本棚の前を立ち去ろうとした時、視界の隅で一冊の本が光った気がして振り返った。 血液のように真っ赤な表紙に、金色の箔押しでタイトルが刻まれた本が、棚の左上にあった。その本は、並べられている他の本と比べてどこか雰囲気が違っていて、どうして気づかなかったんだろうと思いながら手に取る。ぱらぱらとめくって、その時は稲葉俊郎さんというお医者さんが命や体…
当番ノート 第38期
私は2011年より2年間ポルトガルのマデイラ島でバレエ教師をしていました。 マデイラ島は一年中温暖で暖かく、色々な花が咲き乱れる、美しい島。花の島とも呼ばれ、一年に一度の花祭りでのパレード、道に飾られる花がとても美しいです。 とても呑気な雰囲気の島でどこからも海がみえます。仕事の終わりには海で果物ジュースを飲んだり、海を見ながらビールを飲んだり。。。ゆっくりとした時間の流れでした。 昼寝をしている…
当番ノート 第38期
数年前の朝、コピー機の前で会った先輩の前髪が、ふにゃん、と前に倒れていた。いつもはワックスで髪を固め、おでこが見えてキリリとしている先輩。朝だからなのか、それとも疲れているからなのか、髪の毛と一緒になって目もとろん、としている。 「今日は髪型違いますね」と声をかけると、「セットできなかったからね~」と、口元だけ笑って答えてくれた。 その先輩から仕事を引き継いで数カ月後、私はマスカラも、ファンデーシ…
当番ノート 第38期
なぁ、どうして、こんな異国の地で、夜中の三時に森の中を歩いているんだ。僕に明確な答えがあるかと言えば、そんなものは無かった。しかし歩き続けるのが僕の精神ならば、それに、ただ柔順に従おうではないか。答えを手にするのは、すべてを終えた後なのだろうから。 二日前、ある不思議な宿に僕は泊まっていた。そこの主人というのは、鉱石をすり潰してできた粉末で絵を描くのだという大それた芸術家であり、いくら飯を食お…
当番ノート 第38期
2016年の6月に、ペルーへ行って先住民の儀式に参加しました。その経緯を書いてみます。 刺繍をするようになって思うのは、どんな大作も、ちいさな1ステッチの集合だということだ。布の裏から針を刺す、表からまた針を刺す。その繰り返し。 ステッチの種類はいろいろあるけれど、複雑に見える図案も、ひとつひとつ分解していくと単純作業の繰り返しによって成立している。 この世界はなんだってそうだ、だから根気さえあれ…
当番ノート 第38期
今回は12星座のひとつで、穂を抱えた農業の神、おとめ座のお話から ** 農業の女神デーメーテールと神々の王ゼウスの間には、ペルセフォネーという一人娘がいました。ある日彼女が仲の良い友達と野原で花を摘んでいると、少し離れたところにとても美しい花が1本咲いているのが見えました。誰もその花に気付いていないようで、ペルセフォネーが近づくととてもいい香りがしました。その花を摘もうとした瞬間、大地がぱっくりと…
長期滞在者
今日は夕方から天気が荒れるという予報。こんなにすっからかんに晴れているのにな。 夜大荒れだからといって、今使いもしない傘を持って電車で通勤するのは、どうにも楽しくない。 ああ、自転車に乗りたい。 こんなことをつぶやく自分にびっくりする。 お前そんなに自転車好きだったか(笑)。 実際、例年になく寒かったこの冬、ほとんど通勤に自転車を使わなかった。使えなかった。加齢は確実に根性を蝕む。なんだか寒さに年…
当番ノート 第38期
絵描きとして学びたいと思い、翌月には仕事を辞めた。住んでいるマンションも解約する手続きもした。無職になった。でも気持ちに不安等少しもなかった。 これからのワクワクする事を想像して軽トラを借りて必要な荷物だけ積み、その人のところへ向かった。それからは、その人の事を(先生)と呼んだ。先生は私の荷物を置けるスペースを3階に作ってくれていた。それから私の厳しい修行時代が始まる。 簡単にまとめると師と弟子関…
長期滞在者
うちで開催する写真展に合わせて、立派な本を出版される方は少なくありません。作品集が、全国の書店に並べられて、多くの人の目に触れ、人の手に渡っていくというのは、いまや幻想もいいところで、だからこそアートブックフェアへ参加したり、展覧会の会場で販売することで、ある程度の数の目処を立てたいのだろうと思います。 出版と展示を連動させて進めていくのは大変なことです。 どういう事情かわからないけれど、出版記念…
当番ノート 第38期
劇場はそのものに命があるようで、それぞれ性格があるように感じる。 今まで踊った中で印象的だった劇場 Le Palais de Beaulieu ローザンヌボーリュ劇場。 例えるなら60代の美しいマダム 若手ダンサーの登竜門と呼ばれるローザンヌコンクール行われる劇場。 みんなが10代の頃に通った場所に30代になってから私はやってきました。 安心して踊れる場所だった。とても暖かい雰囲気の劇場。包み込ん…
長期滞在者
桜が咲いた。 3月の週末。大阪に向かう新幹線の中で、東京の桜もこの土日が見頃というニュースを目にした。 今年は例年よりも随分と早く開花した桜。 大阪に着くと、京都の桜も咲いているみたいだよという話を耳にした。 父親が大阪出身ということで、小さい頃から大阪や京都にはよく足を運んでいたが、 私は、日本でも特に美しいと言われている京都での桜を見たことがなかった。 「ねえ、お父さん。京都で桜が咲いているみ…
当番ノート 第38期
結構まじめに生きてきたほうだ。規則はあったら守るし、一般的によしとされていることを良いと思って生きてきた。なるべくなら周りの人に嫌な思いをさせないように、でもしっかりと、芯はブラさずにしていきたい。 そんなふうに過ごしてきた私は、社会人2年目の夏休みにカンボジアのトレンサップ村というところに滞在した。今まで海外の人にたくさんお世話になったんだもの、何か恩返しがしたいなぁと思って、小学校の英語と日本…