長期滞在者
旧知のM君が写真集を出版した。以前から『IMA』などに採り上げられているものも見ていたし、何度か展示を見たりもしているけれど、実のところ、いつも彼の写真はよくわからない。そもそも「写真」かどうかもわからない。フォトグラム(本来は印画紙の上に物体を置いて直接露光したり、カメラを使わずに画像を生成する手法)の亜種、という説明だが、その説明では何が何だかさっぱりである。最近のものを見ると、まるで電子顕微…
長期滞在者
ルーニィは、5月18日以降いつも通りの営業を再開していますが、来場者数はいつもの2割くらいで、とても静かな毎日です。というか、今年の入ってからずっとこんな感じだったような気がしています。ぼくにしたって、いつも観て歩く展覧会の半分も回れていないわけですから、どこも空いているようです。 15時ごろに近所のギャラリーにちょっと立ち寄ると、今日最初のお客様です、なんて言われることもしばしば。事業継続のため…
当番ノート 第57期
ほぼ毎日「誠に申し訳ありません」と書かれたメールを、両手では数えきれない数送っている。タイトルはそんな私のお気に入り謝罪文のうちのひとつである。 ちょっとした食い違いなどが起きてしまったり、名前を打ち損じていたり個人的に「危険度中」認定レベルの事態に使われている。メールを打ちながら自然と眉間にシワが寄って、送信ボタンを押す時には無意識に息が止まる程度のそれ。 あまり行き届かない人間であるために謝罪…
お直しカフェ
暑いような、まだそこまででもないような。アイスコーヒーが美味しい季節になった。私は春先を過ぎると、だいたいお店やコンビニでコーヒーのH/Iが選べるとき、条件反射的に「アイスで」と頼んでしまう。少し暖かくなって今年もそんな季節が来たなという嬉しさと、氷の入ったグラスでカランカランとやってくる小さな贅沢感、アイスの方がハズレのコーヒーに当たる確率が低いから、云々。という訳で、アイスコーヒーは今年既に飲…
長期滞在者
祖母が死んだ。感染症のこともあり、私は葬式に参列しないことになった。死に顔を拝めず、見送りもできない。死の実感がないまま過ごしている。 原因不明の咳が続く。なんとか生活しているというより、生活があるおかげでかろうじて寝起きしている。日常のありがたみをこれまでは感じてきたけれど、こんな日常を送っていていいのだろうかと今は疑問に思う。汽車はずんずんと進んでいるのに、途中線路の上でバラバラの部品になるの…
当番ノート 第57期
唐突だが、日本で一番真面目にお姫様ごっこに取り組んだ女児であったと自負している。 幼稚園児の頃、ディズニープリンセスの小物を身につけキャラクターになりきる友達を見て(それはお姫様ごっこって言わないんだよな〜)とちょっとした違和感ををおぼえていた。 貴女方はお姫様ごっこではなく「ディズニープリンセスごっこ」をしているに過ぎないの。本当の「お姫様ごっこ」は自分の中にある姫マインドを極限まで引き出して、…
長期滞在者
人と話すのがとても苦手だ。テンポの良い言葉のキャッチボールというのが難しい。気が利いたこともなかなか言えない。「おはようございます」と「こんにちは」も上手く言えなくて、先日、モネの夕方の散歩でいつも会うポメラニアンを連れたおじさんに「おはようございます!」と言ってしまった。私とモネの後ろに長い影ができていた。 気の利いた褒め言葉がぱっと出てくる人は羨ましい。私自身もそうだけど、やっぱり褒められると…
当番ノート 第57期
両隣り、できれば上下にご挨拶するのが引っ越しのマナー。 さて、短期滞在ではあるものの、入居して当番ノートを書かせていただけることになったのだから、しっかりご挨拶せねばならない。 *** スズキコトハです。都内で勤め人をしています。誕生日は12月の射手座で、結婚・出産・キャリアアップという言葉に敏感なお年頃。血液型はB型です。 *** 出来心でカタカナで名前を検索してみると、詐欺師の方が…
当番ノート 第56期
「序」「破」「Q」と来て、「襲来」「渚」「Air」「まごころを、君に」。そして、「シン」。最後は「世界の中心でアイを叫んだ落とし物」で終える。おめでとう。「序・破・Q」から振り返ろう。 落とし物やごみなどの地面に転がっている物には、落とし物やごみの落とし主・失くし主(そして、ポイ捨てした奴)の面影が感じられる。落とした人、失くした人の抱える寂しさが、ぼんやりと感じられるのである。私が「地面」の写真…
当番ノート 第56期
9 凪子 ナラザキくんにフラれたその日、わたしは、久しぶりに泣いた。学校の、女子トイレの個室で、声を出さないように気をつけながら、しくしくと泣いていた。わたしはこんなに悲しいのに、溢れ出る涙は暖かくて、それが余計に悲しかった。 ◯ どうして男の人と寝るのか、わたしにはよくわからない。でも、社長たちに抱かれている間は、少しだけれど寂しさを紛らわせることができた。わたしは寂し…
当番ノート 第56期
幼稚園の頃、運動場でよくする集団演技があった。巨大な淡いピンクの丸い布の端をぐるりと20人くらいの園児たちが持ち、それを空高く持ち上げる。風に当たってゆらゆらしてる布を宙に持ち上げながら、園児たちが音楽に合わせゆっくり円状に周っていると、急に音楽がぴたりと止まる。それを合図に、皆さっと内側にすべり込み、布の端をお尻で抑えて座る。空気をたっぷり含んでドーム状になった布の内側で、車座に座り上を見上げる…
長期滞在者
本を読むとき、それが旅をテーマとする小説であれば、家の中で読むよりも移動しながら読みたくなる。そして、出来ることならば、小説の舞台に可能な限り近い場所で読みたい。 茨城県を舞台とする小説を読むために、普段ほぼ使うことのない常磐線に乗り込んで読み進めていった。時々車窓を眺めながら、心温まる小説の世界にどっぷり浸かった幸せな状態でページを捲っていると、残り数ページのところで突然大きな喪失が訪れる。 こ…