当番ノート 第56期
幼稚園の頃、運動場でよくする集団演技があった。巨大な淡いピンクの丸い布の端をぐるりと20人くらいの園児たちが持ち、それを空高く持ち上げる。風に当たってゆらゆらしてる布を宙に持ち上げながら、園児たちが音楽に合わせゆっくり円状に周っていると、急に音楽がぴたりと止まる。それを合図に、皆さっと内側にすべり込み、布の端をお尻で抑えて座る。空気をたっぷり含んでドーム状になった布の内側で、車座に座り上を見上げる…
長期滞在者
本を読むとき、それが旅をテーマとする小説であれば、家の中で読むよりも移動しながら読みたくなる。そして、出来ることならば、小説の舞台に可能な限り近い場所で読みたい。 茨城県を舞台とする小説を読むために、普段ほぼ使うことのない常磐線に乗り込んで読み進めていった。時々車窓を眺めながら、心温まる小説の世界にどっぷり浸かった幸せな状態でページを捲っていると、残り数ページのところで突然大きな喪失が訪れる。 こ…
当番ノート 第56期
地面と命について、やりたい放題に書いた。「人間」または「自然」が、「意図的に」または「自然に」干渉することで生まれる地面の上の違和感。それこそが、私たちの追い求める物である。話が整理されて、満足。 というワケにも。「私たち」って誰だよ、と。 さて、そろそろ私の正体を明かさねば。エヴァのパロディに頭を使いすぎて追い込まれている変な人ではない。何を隠そう私は、落とし物・ごみ写真投稿コミュニティ「地面の…
当番ノート 第56期
8 凪子の男(後編) 凪子と、将来の話をしたことがある。大した内容ではない。将来は何処に住みたいとか、どんなふうに生活したいとか、死ぬまでに一回はキャビアが食べてみたいだとか、そういう、他人からすれば本当にどうでもいいことを、俺たちは本気で話し合っていた。 「でも、将来は結婚したいな」俺は呟いた。 「うん。わたしも。いつかは」 「なあ、俺たち、結婚しないか?」 その一言を発した時、俺は胸が…
長期滞在者
夜、ウォーキングしていると、目の前の暗がりを貧相に痩せ汚れた猫がゆっくり横切っていった。かなり老齢なのだろう、足どりに力がなかった。途中近づいていく僕にも気づいたようだが、警戒するでもなく、気だるげに一瞥をくれただけでそのまま暗がりに消えていく。 僕はそのときiPodの音楽をランダム選曲にしてイヤホンで聴きながら歩いていたのだが、その老猫が横切ったときたまたま流れていたのはセロニアス・モンクの「A…
当番ノート 第56期
昨日の夕方、小腹が減ってしまったので、冷凍していた厚切りのバームクーヘンをチンして食べた。こないだお気に入りのパン屋さんに行ったとき、何個かまとめ買いして冷凍庫で保存していたものだ。30秒くらいチンすると、表面にコーティングしてあるチョコレートが少し柔らかくなり、しっとりした生地からふわりと甘い香りが立ってくる。フォークでちょっとずつカットしてコーヒーと一緒にゆっくり味わった。 ふとバームクーヘン…
長期滞在者
どうしようもない困難が続く日々だけど、ここには確かに幸せがある。 2021年4月25日。新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、東京、大阪、兵庫、京都を対象に、3回目となる緊急事態宣言が出された。 2021年4月29日。この日は私の教え子同士の結婚式の日だった。アナウンスやフリートーク、ラジオの個人レッスンを担当してきたゲームキャスターの長谷川優貴くんと声優としての活動もしている長谷川紫音さんの結婚…
当番ノート 第56期
「使徒、襲来」を捩り、「最後のシ者」を捩り、前回は無理矢理「Air」を捩った。エヴァをネタにして書き始めたのに、緊急事態宣言によって全国の映画館は閉館し、この「地面の命」が一人歩きし始めている。果たして、この状況下でまだエヴァを捩って遊ぶ意味があるのか。甚だ疑問である。 今回は「まごころを、君に」。遂に、捩るのを諦めた。テレビアニメ版の続編である映画のタイトルで、最終話としての位置付けである。「地…
当番ノート 第56期
7 凪子の男(前編) 凪子について語ろうとする時、俺は、胸が苦しくなる。この苦しいという感情は、付き合えば消えるだろうと思っていた。でも、むしろ、苦しみは募ってゆくばかりだ。今の俺は、凪子を繋ぎ止めることに必死で、凪子以外のことがどうでもよく思える。これはちょっとマズい状況だ。恋愛も青春も友情も成績もそこそこ。それが本来あるべき俺の姿。今じゃ恋愛以外が全部抜け落ちてる。これはマズい状況だ。 …
Do farmers in the dark
今回も日記になってしまいました。毎月すみません。今まで10回以上は書いたような事をまた書いてます。ではよろしくお願いします! ※グロテスクな描写や汚い表現があります。すみません (1)下らない事を言わせないで 今日はとっても晴れており、特にやる事もなく、奥さんと娘と買い物に行った。でも僕は欲しいものなんて何も無かった。あまり働かないからだ。 もっと働けば俄然何か欲しくなるに違いない。でも働かなかっ…
当番ノート 第56期
小さなころから、家の中にはいつもピンと緊張の糸が張っていた。今はもう亡くなってしまって居ないのだが、一緒に暮らしていた重度障害を持つ伯母が体調を崩すたび、祖母や母の顔に映る疲労の色は濃くなった。家がどれだけ大変でも、幼い私はただオロオロ見ているしかなくて、いつしか私の頑張りが足りないからこんなに家が大変なんじゃないだろうかという罪悪感に襲われるようになった。しんどそうな家族の気持ちが度々私の体に流…
長期滞在者
振り返ってみると目の疲れにやられているこの数週間。 薬局に駆け込んで「目が痛い」と泣きついたら、タクシーの運転手が指名買いするという飲み薬を教えてもらった。最近は家でつい仕事をしすぎてしまい、体に悪影響が出ているひとが増えているそう。 何事にも良い面と悪い面がある。なるべく外に出ない生活を続けて一年以上経つけれど、誰かと直接話したときの温かさをしみじみと感じたり、マスクをしないでくしゃみをしている…